第25話
俺は行商してるしがない商人だ。
今回も鉄製品を町で売りさばいて、麦や織物を仕入れて仲間と一緒に王都に帰るところだった。
そこそこの儲けになったから、帰ったら一杯やるかと仲間たちと談笑してると、仲間内の一人が背後を見てこう叫んだんだ。
ゴブリンロードだ、ってな。
ああ、
どうやら俺達を狙ってるらしい。
もうダメだと思ったね。
ゴブリンロードが率いる
荷馬車なんて全力で馬を駆けさせても一時間もしないで追い付かれちまう。
それでもほんの少しの希望を頼りに必死で逃げてた時だ。
空の方から何か黒いものが飛んで来たんだ。
目を疑ったね。
鳥でも魔物でもない。人だったんだ。
長い黒髪の女の子が空を飛んでやがった。
その内、仲間の一人が、最近王都で噂になってる奴だと騒ぎだした。
その冒険者は背が小さいが腕が良く、先日流通に乗ったオーガもソイツが一人で仕留めたとか。
いや、俺も正直眉唾もんだって思ったよ。
オーガなんて騎士団が総出で仕留めるような魔物だ。
それを一人で討伐するなんて、話を盛るにも程がある。
だが、ソイツは、何をしたと思う?
薄紅色の魔力光を曳いて、ゴブリンロードに突っ込んでいったのさ。
それで、奴等の速度が落ちた。
それを見て、俺達は必死で馬を走らせて王都に向かった。
悪いとは思った。すまないとも思ったさ。
一人で囮になってくれた女の子に、心の中でいくらでも謝った。
でも、俺達だって死にたくない。
女房や子どももいる。
ああ、我が身可愛さに女の子を見捨てて逃げ出したんだ。
王都についた俺達は真っ先に門番の所に向かった。
ゴブリンの
すぐに兵を出してくれってな。
門番は慌てて城に走っていった。
周りにいた冒険者達もすぐにギルドに向かってったよ。
ギルドの動きは早かった。
俺達の話を聞いた冒険者が走っていった十分後には、すごい数の冒険者が街門に揃っていた。
囮になってくれた女の子は冒険者ギルドで人気な娘らしい。
みんな、死を覚悟した顔で、嬢ちゃんを助けるんだ、って叫んでた。
凄いよな。あいつらはいつでも死と隣り合わせで生きてる。
そりゃあ俺達だって死に物狂いで物を売ってるが、あいつらには到底敵わないよ。
それで、時間がないって、騎士団を待たずに飛び出そうとした時だ。
黒と薄紅色の何かが降って来たんだ。
いや、もう分かってんだろ?
そうさ、囮になってくれた嬢ちゃんが戻ってきたんだ。
生きててくれた。何とか逃げ延びてくれたんだって思った。
俺達みんな駆け寄っていくと、かなり疲れた様子で肩を落としていた。
ただ、その時は怪我がない事に驚いたね。
服に血が付いちゃいたが、全部返り血だった。
だがな、さらに驚く事があったんだ。
嬢ちゃんが冒険者ギルドのマスターに近寄って、こう言ったんだよ。
ゴブリンの
ああ、俺たちも耳を疑ったね。
俺たちが王都に返り付くまでの間にあの数のゴブリンと上位種のゴブリンロードを倒したったんだから。
だがな、革の小袋に大量の犬歯と、一際大きな犬歯を見せられたら納得するしかないだろ。
次の瞬間、後ろ襟をギルマスに捕まれてギルドに連行されてたよ。
周りの連中の騒ぎ方と言ったらもう、酷かった。
子どもみたいに喜んで、そのまま肩を組んで酒場に行きやがってな。
俺達も馬鹿みたいに笑いあって、冒険者の連中と一緒に酒場で馬鹿騒ぎしたよ。
その時知ったが、あの嬢ちゃん、二つ名持ちらしくてな。
『
英雄と同じ長い黒髪に薄紅色の魔力光だろ?
夜桜幻想ってのはぴったりの二つ名だと、俺は思うね。
トリガーハッピーってのはよく分からんが、嬢ちゃんのおかげで死人どころか怪我人も無しで、みんなハッピーなのは間違いないしな。
ははは、遅れてきた騎士団の連中のぽかんとした顔が忘れられないよ。
そうそう、後ろ襟を捕まれてぶら下がってって言ったが、冒険者ギルドじゃ名物芸らしい。
その時嬢ちゃんに食べ物をやると運が向いてくるんだとよ。
俺も今度礼を言いに行くとき、食い物もって行ってみようと思う。
◆視点変更:オウカ◆
「お前……幾らなんでも目立ちすぎだ。事情を知った副騎士団長が苦笑いしてたぞ」
襟首を掴まれたままお説教されている。
いやね、うん。なんて言うかさ。
今回は私も、やりすぎたなーとは思ってる訳で。
最初はほんとに時間稼ぎのつもりだったんだけどなー。
何か戦ってるうちに、そんなん忘れちゃってたと言うか。
「……反省してます。ごめんなさい」
とりあえず、謝っておいた。
冒険者のみんなにも心配かけちゃったみたいだし、後で謝っておこう。
「そうか。だがまあ、お前のおかげで怪我人も無くゴブリンの
「うぅ……追い討ちはやめてぇ……」
今はその優しさが辛い。
「オウカちゃん、お疲れ様。パンプキンパイ食べる?」
「……たべぅ」
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