第24話


「てな訳で王城に行ってくる」

「またんかい」


 グラッドさんに後ろ襟を掴まれて、また猫みたいにぶら下げられた。


「あによ」

「お前、前触れも無く王城に乗り込んだら捕まるからな」

「るっさいわね。大丈夫よ、向こうも私の顔知ってるから」

「大丈夫じゃねえよ。何でそんなに喧嘩腰なんだ」


 何でって。聞くか、それ。


「……あのねぇ。毎回毎回たらい回しにされた挙げ句、次は行方不明者の探索よ?」

「気持ちは分かるが落ち着け。王城には俺が話つけとくから、行くなら明日だ」

「……ちっ。わあったわよ」


 舌打ちすると遠巻きに見ていた冒険者達がびくっと震えた。

 なんなのよ、まったく。


「お前……年頃の娘が取っていい態度じゃねえぞ?」

「今思い出したけど、昼食ってないのよ私」

「それならオウカちゃん、これどうぞ」


 ニコニコ笑顔のリーザさんからが何かを口に突っ込んできた。

 ……んぐ。これ、アップルパイか? おお、美味しいこれ。


「お腹すくだろうなと思って用意しておいたの」

「はひはほひーははん」

「周りが怖がってるから、もう少しおしとやかにね」

「ごくん。はーい」



「……おい、見たか、収まったぞ」

「……ああ、猛獣使いみてえだな」

「……うわ、こっち見たぞおい」

「……こわ、おい早く行こうぜ」



 聞こえてっぞお前ら。失礼な。


「つーか冒険者が小娘一人にびびってんじゃないわよ」

「黙れ二つ名持ち。お前の危険度はモンスター以上だ」


 真顔でなんてこと言うんだこの人。


「とても傷付いたのでアップルパイおかわり」

「はいはーい」


 再度、餌付け感覚でアップルパイを突っ込まれる。

 これうまー。リンゴの甘酸っぱさがちょうどいい。

 はぐはぐ。



「……いま何かもってたっけ」

「……ああ、干し葡萄があるが」

「……俺ちょっと買ってくるわ」


 もぐもぐ。はぐはぐ。



 しばらく周りから与えられる物をひたすら食べていた。

 最後の方は何かどよめいてたけど、美味しかったからなんでもいいや。


「でさ。今日は何かお仕事ある? お城行けないなら用事が無いのよ」

「んー? 何かあったかな……ちょっと待ってね」


 受付下の依頼表の束を捲って、中を確認してくれた。


「えーとね……討伐依頼と配達依頼がありますね」

「討伐依頼? なにの?」

「街道沿いの林でゴブリンの群れが出たらしいわね。七匹まで確認されてるみたい」

「ふうん……行ってこよっか?」


 ゴブリンが七匹くらいなら、今の私なら多分狩れるし。

 無理そうだったら飛んで逃げたらいいし。


「あのなあお前。普通はパーティで受ける仕事だからな?」

「だって、こんな時間まで残ってるって事は受ける人がいなかったんでしょ?」


 それに、街道沿いなら通行量多くて危ないし。

 行ける人が行った方が良いでしょ。


「まあ、確かにそうだが……頼めるか?」

「あいあい。無理そうだったら逃げるけどいい?」

「ああ、その判断は任せる」

「んじゃ行ってくるね」


 とりあえず空から様子見してみよう。上からの方が危険が少ないし。



 王都から飛んできたのはいいんだけど、街道沿いの林ってどの辺りだろ。

 町から出たことほとんど無いし、あんまし道知らないんだよね。

 こういう時は聞くのが一番だわ。


「リング、ゴブリンを検索。頼める?」

「――了解:検索中……ヒットしました。マップ展開します」


 お、出たでた。この赤い点がゴブリンだよね。

 あれ、でも何か、二十匹越えてないか?


「――警告:群れに統率個体がいます」

「え、なにそれ」

「――上位種、ゴブリンロードです。強化魔法を使用します。

 ――また、規模がゴブリンの軍団レギオンに発展しています。撤退を推奨」


 げ。まじか。軍団レギオンって確か、騎士団が総出で討伐しにいくやつだよね。


「んー、そうね。一旦帰ってグラッドさんに相談すっか……あれ?」


 視界の端に見えるマップの赤い点の進行方向に、緑の点が幾つか。


「ねえリング。マップの緑色ってさ」

「――人です。確認しました、行商の馬車のようです」

「……逃げ切れる?」

「――不可:速度が足りません。追い付かれます」



 ……たぶん女神様は私の事が嫌いなんだと思う。

 毎度毎度、なんでこうタイミングが悪いかな。


「……はぁ。リング、行商隊が避難するまでの時間を作る」

「――了解:三十分程で完了する見込みです。

 ――Sakura-Drive Ready.」


「Ignition」


 桜色の魔力光を曳いて、進路変更。

 ゴブリン達を目指し、空を行く。


「見えた。ゴブリンロードってあのでかい奴?」

「――肯定:統率個体です」


 視界の先、オーガ程では無いけれど、巨大な体躯の魔物。

 大きな棍棒を手に、凄まじい形相で走っている。

 ゴブリン達を包む黒い魔力光の源は、アイツか。


「さて。踊ろうか」



 バーニアを最大加速。高度を落とし、地面と平行に飛ぶ。

 途中でバーニアから銃弾に切り替え、すれ違い様に発砲。

 胸元に二発叩き込み、すぐにバーニアに切り替え減速する。

 うわ、全然効いてない。どんな筋肉してんだアレ。


 着地後、すぐに駆ける。

 アイツは手強い。とにかく引っ掻き回すか。

 地を蹴り、跳ぶ。頭上から射撃、通常のゴブリンの頭を潰す。

 よし、こっちは一発でいける。


 空中でバーニア、方向転換、別の個体に銃弾を撃ち込む。

 剣で弾かれた。即座に次弾を叩き込んで仕留める。

 強化魔法、面倒だな。一匹一匹が強い。


 頭を撃ち抜いた奴を足場に跳躍、ロードが振り下ろした棍棒を避ける。

 眼下のゴブリンが縦に潰れた。力も強いな、コイツ。

 オーガ程じゃないけど、捕まったら死ぬ。


 神経を尖らせる。ありったけを注ぎ込んで、私は加速する。



 撃って、跳んで、回って撃って、バーニアで回避、殴って、走る。

 撃つ、蹴る、そのまま跳ねて射撃、バーニア、ぶん殴って、射撃。


 もっと速く。もっともっと速く。



 薄紅色が消える間も無いほど速く。



 撃つ。

 走って撃つ。

 殴って撃って跳んで。

 加速して蹴り飛ばして撃って。

 回る。蹴り飛ばす。加速して、撃つ。

 バーニアで再加速、撃つ、殴って撃って回避して。



 笑う。



 視界の端をよぎる黒い髪。

 薄紅色が世界を染め上げる。



 ぶっ放す。撃ち抜く。銃弾を浴びせる。

 もっと、もっと。速く、速く、速く。



 鼓動が跳ねる。口角が上がる。笑いが込み上げる。



 ああ、私は今、とても楽しい。



 銃底で殴り飛ばして撃ち抜く。

 衝撃で回転、その隣を撃つ。

 逆手でバーニア。

 真っ直ぐ跳んで膝を突き立てる。

 射撃。デカブツの膝を撃ち抜く。


 体勢が崩れる。

 背後から殴り付け、横を抜ける。

 振り向き銃撃。

 逆膝を砕く。


 ひざまづくゴブリンロードの喉を蹴り抜き、仰け反った体に乱射。

 数は八、全弾命中。

 悪足掻きの攻撃をバーニアで回避、再加速、銃口を眼窩に突っ込む。

 響く雄叫び。揺れる世界。



「くたばんな」



 密着から十連。額を蹴り飛ばし、バーニアで上昇。


 眼下を確認、動くものはもう、見当たらない。



「リング。魔力反応は?」

「――周囲に敵性反応はありません」


 報告を聞き、ホルダーに拳銃を戻す。

 木の葉の舞う中、薄紅色が紛れて消えていった。



 戦闘の余韻に浸りながら、ちょっとだけ自分に引く。

 笑いながら拳銃ぶっ放すって、大分アレだと思う。


 でもなんだろーなー。何か、怖いとかの前に、楽しいって思っちゃったんだよなー。

 痛いのも嫌だし、無駄に戦うのも嫌いなんだけど…


 しかし時間稼ぎのつもりが、随分暴れてしまった。

 またグラッドさんに怒られる。

 うぅ……最近ぶらーんてされるのに慣れてきた自分が嫌だ。


 とりあえず、ゴブリン達から討伐証明用の犬歯を切り折りながら、どう言い訳しようか考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る