第5話


 朝。いつものように夜明けと同時に目が覚めた。

 この時間だとまだ誰も起きていないようだ。

 ま、当たり前か。

 隣に寝ている女の子を起こさないように注意しながら、こっそりと調理場へ向かう事にした。


 馬車の備蓄入れを確認すると、まだ芋や豆がどっさりある。

 ふむ。とりあえず朝と昼の分を作っちゃおうか。

 乾燥豆を砕いて、茹でた芋を潰したものと混ぜ、水でねて焼けばパンの代わりになる。


 干し芋は……うん。細かく刻んで豆パンに混ぜるか。

 食べ応えが在る方がいいだろうし。


 残りの豆は芋と一緒に煮込んじゃおう。

 あ、干し肉残ってる。一緒に入れちゃえ。

 ふふふ。いい感じに旨味と塩味が出てくれることだろう。


 さて。洗濯するものも無いし、どうするかな。

 やる事もないしなー。ま、灰汁取りしながら煮込みますかね。


 しっかし、旅に出たってのに教会に居るのとあまり変わらない事してるな。

 いやまー、すごい流された感があるけど。

 お腹すかせた人がいると、どうしても炊き出しとか思い出しちゃうんだよね。



 自分に余裕が有る時は、出来るだけ人に優しくすること。

 シスター・ナリアが教えてくれたことだ。

 自分の事が出来たら、次は周りの人を助ける。

 その繰り返しで世界は上手く回ってるんだって。


 実際はそんな綺麗事だけじゃないんだろうけど、その言葉は私の一番深いところにずっと残っている。

 綺麗事、大いに結構。貫けばそれは真実になるのだ。

 これも受け売りの言葉だけどね。



 さて、そろそろ煮えたし、みんなを起こした方が……あ、匂いに釣られて起きてきた。


「お姉ちゃん、おはよう」

「はい、おはよう。ご飯出来てるから顔洗っといで。向こうに井戸があるから」

「はーい!」


 うむうむ。元気で何よりだ。


「おはよう嬢ちゃん。おお、今日も美味そうだな。ありがとよ」


 女の子が走っていく中、冒険者さんが、ひょい、とパンをつまみ上げるのを見て、その手を止める。


「ちょっと待った。ご飯はみんな揃ってからです。待ってる間に出発の準備とかしちゃってくださいね」

「そうか。じゃあ荷物を纏めてくるかね」

「お願いします。あ、そっちの商人さん達もー! 支度が終わったらこっち来てくださいねー!」

「ああ、分かったよ。すぐに終わるから待っててくれ」

「あざますー!」


 皆が揃った後、いつも通り手を合わせると、不思議そうな顔をされた。

 教会の習慣を話してみると、それはいいと皆で手を合わせてくれる。


 それじゃあ、頂きます。


∞∞∞∞


 がたごと、がたごと。そこそこの早さで馬車が走る。

 街道と言っても、普通の地面が自然と踏み固められただけだ。

 町みたいに石畳な訳ではないので、石なんかが落ちてると馬車内は結構揺れる。


 私は舌を噛まないようにしながら、遠くの景色をぼーっと見つめていた。

 知らない景色は私の目には新鮮に写る。山や森、川に、空。

 時折野生の動物や鳥を見かける。


 あれ、捕まえたらしばらく分のお肉になるよなー。


 なんて思ってると。

 不意に、馬車の前方で御者さんの悲鳴が上がった。


「うわぁっ⁉」

「御者さん、どしたの?」

「この先にオークの群れがいる! 七匹もだ! しかも多分、こっちに気付いている!」


 馬車内がざわつきだした。


 オーク。二足歩行の豚みたいな魔物。

 魔物のくせに武装してる事もあって、冒険者でも油断は出来ない相手らしい。

 特に群れになるとパーティでの討伐依頼が出る程の話になるのだそうだ。

 少なくとも、私たちのような一般人が敵う相手ではない。


「くそ、迂回するか?」

「いや、既に気づかれてるなら間に合わないな。それより荷物を置いて逃げた方が良い」

「おいお前、馬鹿な事を言うな! こっちは商品を運んでるんだぞ⁉ あれが無けりゃ飯の食い上げだ!」


 商人さんの一人が冒険者さんに掴みかかる。

 いや、言いたいことはわかるんだけど……でもそんな事言ってる場合じゃないよね?


「おいおい、命と金とどっちが大事なんだよ。俺一人じゃあの数はさすがに無理だぞ」

「……くそっ! そもそもなんでこんな所にオークの群れが居るんだよ!」

「それは俺にも分からんよ……それより、どうするんだ? アンタ達は残るのか?」

「それは……しかし、これの売り上げが無いと、どっちにしろ死んじまう!」


 冒険者さんと商人さんが二人で話している中。

 女の子のお父さんが、顔を真っ青にして立ち上がった。


「なあ、待ってくれ。うちの子はまだ小さいんだが……走って、逃げ切れるのか?」


 お父さんの足にしがみついている女の子。

 涙目になって、手が震えている。

 確かにこの子が逃げ切るのは難しいかもしれない。

 それに、さっきから女神様に祈ってるお婆ちゃんも。


 誰かが二人を抱えて走れば別だろうけど……力がありそうなのは冒険者の人だけだ。

 この人の手が塞がってしまうと本格的にどうしようも無いし、二人を同時に運ぶのはさすがに無理だろう。


 私も立ち上がって前の方を見ようとした時。

 カチャリ、と腰に吊るした拳銃が音を立てた。

 昨日の会話が、頭をよぎる。



『じゃあ次。この拳銃のオモチャはなに?』

『――オウカ専用魔銃型デバイスです』

『私専用ってのも気になるけど……魔銃型デバイスって?』

『――意訳:弾丸の代わりに魔力を撃ち出す銃です』



 魔銃型デバイス。魔力を撃ちだす事が出来る、武器。

 戦う為の武器が、ここにある。


 紅白の拳銃を恐る恐る手に取ると、自然と使い方を理解出来た。

 まるで昔から知っていたことを思い出したかのような、不思議な感覚がする。

 じんわりと、体の奥底から何かが込み上げてくる。

 気付けばか私は、冒険者さんに声をかけていた。


「……あの。オークって、足速いですか?」

「いや、そこまででもないが……さすがに荷物を持ったままだと追いつかれるな」

「……じゃあ馬車なら大丈夫ですよね?」

「それだと馬車を回してる間に取り囲まれる。そうなるくらいなら……」

「……あのですね。私、町で一番足が速いのが自慢なんですよ」

「は? いや、それがどうした?」

「……馬車を回す時間を稼げれば、いいんですよね?」


 馬鹿な事を考えている。

 我ながら訳の分からない、危険すぎる事を。

 冒険者の人でも対処出来ない魔物の群れ。

 怖い。物凄く、怖い。拳銃を持つ手が、震えている。

 ……でも。


「足止めして逃げるくらいなら。私にも出来ると思うんで」


 やらないで後悔するよりは、やって後悔したい。

 少しでも時間を稼いで、その後、死ぬ気で走って逃げよう。


「おい、無茶な事を言うな。危険すぎる」

「……ごめんなさい。後、お願いします!」


 馬車を飛び降りて、私は全力で駆け出した。


「お姉ちゃん⁉」

「止めろ! 引き返せ!」

「馬車を回して! 早く!」


 後ろから聞こえる叫び声に応え、そのままオークの群れの居る方に走った。


∞∞∞∞


 しばらく走ると、魔物が見えてきた。

 二足歩行の豚のような魔物。オーク。

 御者さんの言っていた通り、七匹。

 こちらを見て、駆け寄って来ている。


 改めて、両手に持った銃を見る。

 赤い拳銃インフェルノ白い拳銃コキュートス

 二丁の拳銃の名前が脳裏に浮かぶ。

 その使い方も、これから何をすべきかも。


 怖い。膝が震える。このまま全力で引き返したい。

 でも。私が時間を稼がないと、みんなが危ない。

 みんな良い人ばかりなんだ。だから、武器を持ってる私がやらないと。


 胸元から下げた指輪がキラリと光る。

 今はこいつを信じるしかない。


「リング、信じてるからね……頼んだ!」

「――Yes,my master」


 指輪が――リングが中性的な声で告げる。


「――Sakura-Drive. Ready.」


 聞きなれない言葉なのに、その意味を理解した。

 そして、私は静かに応えた。


ignitionイグニション


 呟きと同時に。

 体の内側を巡る魔力が臨界を超え、周囲に撒き散らされる。

 薄紅色の魔力光が弾ける様は、まるで桜が舞い散るようだ。


 魔物の群れに対する恐れが、消える。

 戦う事に対する恐怖が、霧散していく。

 少しずつ高まる戦意。

 心が熱い。けれど、頭の中は覚めきっている。

 まるで、今から遊びに行くかのような感覚に。

 不意に、笑みがこぼれた。


 さて。じゃあ、踊ってみようか。



 地面に着くすれすれまで身を低くし、駆ける。

 撃ち出させる魔弾の射程距離は精々一メートル。その短い間合いに、一匹目が入った。

 その場で身を沈めながら横に回転、膝を地面に着き、遠心力を乗せた銃底で敵の膝裏を殴りつける。

 体勢が崩れた所に拳銃を突き付ける。驚愕するその顔面を目掛けて、発砲バン

 薄紅色サクラ弾丸ブレットでオークの頭がぜた。


 うわ、かなりグロい。

 でも止まってられない。次だ。


 地を蹴って、跳ぶ。

 再度回転、頭に回し蹴りを叩き込む。ふらつく体、その胸元目掛けて、銃撃バン


 血を吹き出してゆっくりと倒れるオーク。その後ろから迫る、振り下ろされた二本の棍棒。

 右の銃底で棍棒を受け流しながらくるりと回る。二本目の棍棒はその動作で紙一重に躱した。

 勢い余って大きく前に出てきた敵二匹、両手を伸ばしてその頭を狙い、同時に潰すバン


 視界が返り血で赤く染まりかけるが、深く屈み込んで避ける。

 そこを狙って突き出された槍。その穂先が届く前に、再度回転。

 今度は地を転がり、仰向けになりながら手を伸ばして、射撃バン

 そのまま転がり、足を振り回して勢いを付けながら起き上がった。


 息を長く吐きながら、腰を深く落とす。

 左手は前に、右手は肘を上に向け逆手にして、頭の横に。


 これで四匹。残りはあと、三匹だ。


 怒りに満ちた表情で、オークが錆びた剣を振り下ろす。

 右の銃底を添え、くるりと回って躱す。

 すれ違い様にその両太ももを、撃ち抜くバン


 敵が倒れる前に蹴りつけ、宙返り。後ろから横薙ぎに振るわれた短剣を躱し、空中で逆さまになりながら二匹同時に撃破バン


 桜色が世界を彩る。

 なびく黒髪。その先に見える、敵。


 着地。勢いを殺さず、遠間で様子見していたオーク達に低い体勢のまま駆け寄る。

 焦りから粗雑になった迎撃の棍棒を魔弾で撃ち抜き、粉砕。

 そのまま懐に潜り込み、両手で同時に銃撃バン

 力を失った巨体を蹴りつけ、足場にして再度跳ぶ。


 眼下に見える二匹の敵。その一方に、低空から弾丸の雨を浴びせる。

 体の各所を撃ち抜き、鉄錆臭い血飛沫が上がる。

 そのままの勢いで、くるりと回転。頭を蹴り飛ばし、追撃に発砲バン


 ラスト。仲間の死骸を前に恐れを抱いたのか、逃げ去ろうとするオークに駆け寄る。

 逃がしはしない。ここで仕留めないと、また被害が出る。


 あの冒険者の言っていた通り、大して足は速くないようだ。

 すぐに追い付き、その巨体を支える足を後ろから蹴り抜いた。仰向けに地に倒れ伏した敵にまたがると、恐怖に彩られた瞳をこちらに向けてきた。


 意に介さず両手の拳銃を突き付ける。

 カチャリ、と小さな音が鳴った。


 はい、終わりバン


 ビクリと痙攣した後、最後のオークはそのまま動かなくなった。

 合計七匹。討伐完了。

 腰の後ろに拳銃を戻すと、体に纏っていた薄紅色の魔力光が薄れ、やがて空に消えて行った。



 少し歩いて距離を取ろうとして、途中で膝から力が抜けて座り込んでしまった。


 ……なんだ、今の。私が私じゃなくなったような、おかしな感覚だった。

 確かにシスター・ナリアに戦闘訓練はやってもらってたけど、明らかに普通じゃない動きだ。


 戦闘状態に切り替えるための、サクラドライブのトリガーワード。

 頭に浮かんだそれを口にした途端、魔物に対する怖さが無くなった。

 それに、私は魔法が使えないはずなのに、桜色の魔力の光が体から溢れ出していた。


 肩越しに振り返ると、オークの群れの残骸ざんがい

 今更ながら恐怖が湧き上がり、思わず身震いする。


 ……とりあえず、何とかなった、のか?



「嬢ちゃん! 無事か⁉」


 呼ばれて視線を前に戻すと、凄い剣幕で冒険者さんが駆け寄って来ていた。

 手を振ろうとして、まだ指先が震えている事に気が付く。


「馬車を回して来た! さっさと引き上げるぞ!」

「……あ、どもです。なんか、えっと。何とかなりました」

「何言って……おい。なんだ、これ」


 目の前に広がる光景を見て、冒険者さんが顔を引き攣らせる。

 うん。まあ、そうなるよね。私自身も引いてるし。


「ええと。私がやったっぽい、ですね」

「ぽいって……嬢ちゃん、何者なんだ?」

「すみません、私も分からないです……それより、ちょっとお願いが」

「何だ?」

「あはは。腰が抜けて立てないんで、手を貸してください」


∞∞∞∞


 何とか引っ張り起こして貰って、もう一度後ろを振り返った。

 ……あれ、私がやったんだよな?

 手とか足に、まだ感覚残ってるし。


 とりあえず、危険は無くなったみたいだし、オークは男の人たちに頼んで運んでもらおう。


 コイツら、食べられる魔物だし。


 いやだってさ、このまま捨てていくのも勿体ないもん。

 ……まあ、今の私の状態で食べられるか分かんないけどね。

 まだ指先、プルプルしてるし。


「……ねえ、リング。後で説明してね」

「――了解しました、マスター」


 胸元に下げた指輪が、またキラリと輝いた。

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