第4話
――指定期日を超過しました。
――メッセージを再生します。
――Happy Birthday,Dear Oka.
――
――Sakura-Drive.Download.
――Ready:OK?
「……うっさいなあ……好きにしなさいよぅ……むに」
――
――Sakura-Drive.Downloading_Now...
――Install
∞∞∞∞
変な夢を見た気がする。思い出せないけど。
何かこう、吟遊詩人の英雄譚みたいな、大冒険的な。
……わからん。とりあえず、着替えるか。
いつもより少し早い時間。
日もまだ昇っていない、鶏も眠っているような時間に鍋を振る私。
がっしょがっしょ。
麦とかの穀物は空炒りして水分を飛ばしておくと日持ちするのだ。
ただまあ、重い。ひたすら重い。休み休み鍋を振る。
一気にやろうとしたのが失敗だったな、これ。
がっしょがっしょ。
同時にお手製の薫製機で干し芋を
これも大量。干し芋を燻すと更に長持ちするし美味しくなるのだ。
ただ、超もっくもくしてる。煙いけどちょっと面白い。
他にも野菜の漬物とか、魚の塩漬けとか、色々作ってある。
これだけあればしばらくは大丈夫だと思う。思いたい。
何だかんだ言っても朝の食事の準備は慣れるまで大変だろうし、すぐ食べられるものがあるとみんなが楽だろう。
私の持ってく分と合わせて作ったからかなりの量になったけど……
まーよし。中々にすんごい眺めだし、満足だ。
……あ。今朝の分、作ってない。スープ追加しなきゃ。
∞∞∞∞
作り置きの量をシスター・ナリアに呆れられながらも、いつも通りの朝御飯だった。
洗い物と洗濯をしながら、年長組に朝の仕事の説明をしておく。
まあ、知ってる事ばかりだろうけど、聞いときなさい。役に立つこともあるから。
「あ、そだ。パン屋さんが交代の子がいれば雇いたいって言ってたんだけど……うん、まーあんた達なら大丈夫だと思うし。
これ終わったら一緒に挨拶行こうか」
「……大丈夫かな? あの人、ちょっと怖いし……」
「平気平気。顔は怖いけど優しい人から。いつもパンくれるでしょ?」
「うん……分かった。行ってみる!」
「んじゃとりあえず、洗濯終わらせっか。はい、踏んで踏んで」
これでパン屋さんの方も大丈夫だろう。
挨拶に行ったらすぐに荷造りしなきゃね。
∞∞∞∞
昼過ぎになって、少ない荷物をやっとまとめ終わり、大きめの鞄に詰め込んだ。
着替えとか、着替えとか、おやつとか、着替えとか。
路銀に関しては、今まで貯めておいだ分があるから何とかなるけど……出来るだけ使わないように気をつけよう。
あと、拳銃も中に入れようとはしてみたけど、この拳銃がかなり場所を取ったので、仕方なく腰の後ろに吊るしてある。
あまり重くないのが不思議だ。これ、何で出来てるんだろ。
リングも謎だけど、この拳銃もかなり謎だよね。
「オウカ、表に乗り合い馬車が来たみたいよ」
「はーい、あんがと」
「ねえ。貴女の事だから大丈夫だとは思うけど……」
「暗がりに近づかない。路地裏に近づかない。でしょ?」
「はい、良くできました。行ってらっしゃい」
「んじゃ。いってきまーす」
乗り合い馬車はかなりの大きさだった。
うちの子達が半分は乗れそうだ。
タラップを踏んで中に入ると、ほとんどの椅子が埋まっていた。
あ、一番後ろの窓際が空いてる。そこにしよ。
……うっわ、椅子かったいなー。
ま、そりゃそうか。私でも乗れる安馬車だもんね。
持ってきておいたクッションをお尻の下に敷く。
大分前にシスター・ナリアに贈った物とお揃い。
ふかふかと言うわけではないけど、無いよりはマシだろう。
デザインも気に入っているやつだし。
窓から外を見ると、シスター・ナリアの周りに教会のチビ達やパン屋の旦那さんが居た。
めっちゃ手を振ってくれてる。ちょい恥ずかしいけど、私も窓から身を乗り出して手を振った。
日帰りじゃない遠出は何気に初めてだ。
色々と思うことはある。
教会の事とか、学校の事とか、私の見た目の事とか。
黒髪に黒眼。この町で他にいない色。
それは意味もなく目立ってしまうし、面白くない事もたくさんあった。
けれど、シスター・ナリアは、夜のようで落ち着く色だと言ってくれた。
だからこの色は、私の小さな誇りなのだ。
王都に行っても、堂々としていよう。
次第に遠ざかる住み慣れた町。
大好きな人達がいる町。
……ちょっと行ってきます。
∞∞∞∞
馬車の中には私の他に八人の乗客が居た。
商人っぽい人達やお婆ちゃん、イカついおっちゃんに、子ども連れのお父さんに、ちょっと厳つい顔の冒険者さん。
みんな、何か理由があって王都に向かってるんだろう。
道中お世話になるかもしれないので、持ってきていた飴を配っておいた。
……なんか配った以上に色んな物を貰ったけど。
クッキーやビスケット、クランベリーをチョコで包んだ物。
どれも美味しそうだったので、旅の途中にちまちま食べることにしよう。
みんな、よろしくお願いしまーす!
∞∞∞∞
日が落ちた頃に馬宿に着いた。
今日はここで一泊するらしい。
いつも人がいる訳じゃないみたいで、中の広間は結構ボロボロだった。
教会の使ってない物置みたい。あれよりは広いけど。
窓を開けて、置いてあった掃除道具でお掃除開始。
ついでだから他の人の分も一緒に掃除しておく。
一ヶ所だけ綺麗にしても意味ないし。
あ、そだ。
「御者さん、調理場って使えます? 芋とか持ってきてるから晩御飯作ろうかと思って」
「構いませんよ。お好きにご利用ください。ああ、良ければ私の分も作ってもらえませんか?」
「おーけーです。大きな鍋見つけたんでここに居る全員くらいならいけますし。
あ、でも材料が足りないかも……」
「そこは大丈夫です。十分な量の備蓄があるので」
「お、りょーかいです。ちょっと待ってくださいね」
料理は私の数少ない趣味の一つだ。
食材は芋と……備蓄の中に干し肉と豆があるな。
これならまあ、芋と豆を練ってパンにして、干し肉でスープが作れるか。
釜戸は……あっちにある石組の奴か。ありがたく使わせてもらおう。
さて、ぱぱっと作っちゃいますか!
∞∞∞∞
「ねえ、お姉ちゃん。お願いがあるの」
「お、どしたの?」
夕食用のスープを煮込んでる時、同じ馬車に乗っていた女の子に声をかけられた。
「あのね、髪の毛結んでほしいの」
「髪? ああ、ご飯食べる時邪魔だもんね。いつもはお母さんがやってくれるの?」
「いつもは自分でやってるけど、上手く出来ないから……お母さんに会いに街に行くんだよ!」
「なるほど。どれ、貸してみ?」
せっかく綺麗でさらさらな金髪なんだし、編み込みににしてあげよう。
前髪を後ろに持ってきて……よし、でけた。
「おっけ。可愛くなったよー」
「ありがとう! お父さんに見せてくる!」
「はいはい。ご飯出来たら呼ぶからねー」
あの歳でちゃんとお礼言えるのか。偉いなー。
うちのチビ達にも見習わせたいな。
∞∞∞∞
「ああ、お嬢さん。今日の寝る場所はどうするか決めたかい?」
そろそろパンが焼けるかな、と言うところで、今度はお父さんの方に声をかけられた。
「……はい? いや、適当に隅っこで寝るつもりですけど」
「それがね、娘が貴女と一緒に寝たいと言って聞かないんだ。
もし良ければ娘と一緒に寝てやってくれないか?」
お。懐かれちゃったのかな。悪い気はしないね。
「いいですよー。誰かと寝るの、慣れてますし」
「ありがとう。何から何まで悪いね」
「いやまー、いつもやってる事なんで。大丈夫ですよー」
「すまないね。何か手伝えることはあるかい?」
んーにゅ。手伝いって言われてもなー。もうご飯出来ちゃうし。
「じゃあ、そろそろご飯出来そうなんで、お皿とか出してもらっても良いですか?」
「ああ。お易い御用だ。皿は……あっちに纏めてあるみたいだな。ちょっと取って来るよ」
にっこり笑顔で娘さんを呼び、二人でお皿の準備をしてくれた。
よし。んじゃ、残りを仕上げちゃいますか。
∞∞∞∞
芋豆パンと干し肉のスープは、残念ながら少し物足りない感じがした。
やっぱ具材が無いと微妙だな……まあ旅先だから仕方ないけど。
食材がない中では美味く作れた方だと思うし。
そんな一人反省会をしていると。
「嬢ちゃん、ちょっといいか?」
今度は厳つい顔の男性に声をかけられた。
革鎧を着て剣を持ってるし、猟師さんかな。
「はーい。お代わりですか?」
「いや、それはそれで頼みたいんだけどよ。今日の寝る場所なんだが」
「寝る場所? 皆のですか?」
「ああ、俺は雇われの冒険者だから不寝番に立つし、どうでも良いんだがよ……折角だし寝る場所は嬢ちゃんが決めてやってくれないか?
こういう時、小さなケンカになる時があるんだよ」
ほほう。そういうもんなのか。
てかこの人、雇われた冒険者さんなのね。確かに何だか旅慣れてそうだ。
「なるほど。じゃあ、お婆ちゃんは奥の方が良いですかね。あそこ暖かいですし、隙間風もないから。
男の人達は真ん中に寝てもらえると助かります。私とあの子は逆側の端で寝るんで」
「おう、ありがとよ。皆それでいいかい?」
彼が尋ねると、みんな口々に了解してくれた。
和気あいあいとしてて、なんだが少し楽しいな。
「今晩は見張り番、よろしくお願いしますね」
「ああ、美味い飯も食わせてもらったしな。
……で、お代わり貰えるか?」
ニカッと笑って器を差し出して来たので、スープを注いで渡してあげた。
顔はちょっと怖いけど、優しい人なのかもしれない。
パン屋の旦那さんといい、顔が怖い人はみんな優しいんだろうか。
食事を終え、お皿洗いを済ませたあと、部屋の隅っこで女の子を抱っこしたまま眠りについた。
明日も出発が早いらしいし、朝ごはんの準備のためにも頑張って早起きしよう。
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