第1話
私の一日は夜明け前に始まる。
ベッドを出て、いつもの簡素な白のブラウスとくすんだ茶色のハーフパンツに着替えた後、洗面所へ。
顔を洗って歯を磨いて、黒い眼の上で整えられた前髪と、後ろに流した長い黒髪に寝癖が無いのを確認。
これで準備完了。
いつも通りキッチンに向かい、二十人分の朝御飯を作る。
今日は赤豆のスープに黒パン。
簡素だけど、スープの味は悪くないはず。
昨日もらった野菜くずを煮込んであるので、具が少なくても色んな味がするのだ。
念のため味を確認。うん、今日も中々に美味い。
∞∞∞∞
鍋を食堂に持っていく途中で、チビ達が起きてきた。
「おはよ。早く顔洗ってきちゃいなー」
「はーい!」
揃って返事をしたあと、バタバタと走って行く。
朝から元気で何よりだ。
よし、と気合いを入れ直して、重い鍋をよろよろと運ぶ。
広間のテーブルにスープの鍋を置き、食器を並べているとシスター・ナリアが礼拝堂から出て来た。
一旦手を止めて、笑顔で挨拶をする。
「おはよう、オウカ」
「おはよ、シスター・ナリア」
真っ黒な修道服と反対に、フードから溢れる銀色の髪が、お日様を反射してキラキラと輝いている。
今日も綺麗だ。なんとなくだけど、ちょっと嬉しくなる。
「今日もいい匂いね。毎日助かるわ」
「毎日それ言うねー」
「ふふ、そうね。でも貴女も、中々お母さんって呼んでくれないわね」
「うぐっ……あ、ほら、ご飯出来てるから」
「うふふ。はいはい」
みんな揃ったところで手を合わせ、声を揃えて「いただきます」を言う。
他所ではやらないらしいけど、この教会は昔から食事前にはこれをやっている。
命を頂く、という意味らしい。
誰が始めたかなんて知らないけど、なんとなく気持ちいいし、行儀良く見えるのでみんな真似している。
今日も、いただきます。
∞∞∞∞
朝食を終えてチビ達と食器を洗った後は、洗濯と掃除。
二十人分の洗濯と教会中の掃除となると中々に重労働だ。
けどまあ、みんなで分担したら案外すぐに終わる。
「ほらほら、遊んでると転けるぞー」
「だいじょーぶ……うわぁ!」
「あーほら、言わんこっちゃない。ほれ、手ぇ貸しな」
「あんがとー!」
見事にすっ転んだチビを引っ張り起こし、年長組のみんなで踏み洗い。
その間に、年少組が教会の掃除をすませてしまうのがいつもの段取りだ。
洗い上がったら硬めに絞って裏庭に干して終わり。
最近は雨が続いていたから困ってたけど、今日の天気なら昼過ぎには乾きそうだ。
よし、と一つ頷いて、朝の仕事は終わり。
急いで部屋の荷物をまとめ、学校に向かう。
∞∞∞∞
この辺りの地域では、私のような孤児でも学校に通うのにお金がいらない。
偉い領主様がいろいろやってくれているらしい。
教会にも寄付金が入ってくるし、領主様はすごい人だと思う。
学校では色々な事を教えてくれる。
文字、数字、歴史、あと一番苦手な魔法。
他は覚えたり考えたりできるけど、魔法だけは上手くいかない。
先生からは魔力制御が出来ない体質だと言われたけど、それでも努力することを辞めてはいけないと思っている。
頑張れば何でもできる訳じゃないけど、料理も勉強も仕事も、努力しないとどうにもならないし。
まだまだ、諦めるには早いはずだ。
……て言うか実際、そう思わないとやってられないのだ。
黒い髪に黒い目。ただでさえ周りと違ってて大変なのに、魔法も使えないなんて思いたくはないから。
ついでに、努力で身長も少し伸びてくんないかなー。
チビ達に追いつかれそうでちょっと怖いんだけど。
てか、一部に抜かれてるけどさ。
∞∞∞∞
学校が終わるとそのまま町のパン屋さんへ向かった。
今日も魔法が使えなかった事に少し凹んだけど、すぐに気持ちを切り替える。
仕事にそういうのを持ち込むのは良くないし。
ただでさえ、好意で雇ってもらっている身だ。
お店に迷惑はかけられない。
今日も売り子と、明日のパンの仕込みのお手伝い。
ここのパンはとても評判ですぐに売り切れてしまうけれど、旦那さんは教会の分をこっそり取り置きしてくれる。
顔は怖いけどとても優しい人なのだ。いつか恩返しをしたいと思っている。
「おいオウカ。お前、今日はもう帰れ」
お客さんの波が一段落した辺りで、いきなり旦那さんにそう言われた。
「はい? や、まだ仕込み終わってませんよ?」
「お前、明日が何の日か忘れたのか?」
明日? 何だっけ。卵の特売日は週末だし。
「……何かありましたっけ?」
「馬鹿野郎! お前の十五歳の誕生日だろうが!」
あ、そっか。確かに教会に来て十五年目の日だわ。
生まれた日なんて知らないけど、私は教会に来た日が誕生日ということになっている。
「……あー。あはは、忘れてました」
「今日はもういい。明日も休みだ。ほれ、いつもの奴」
しかめっ面で大袋いっぱいのパンを渡してくれる。
うわ。これ、いつもの三倍はあるんだけど。
そっと顔を見つめると、旦那さんは耳が真っ赤になってる。
お。目を逸らされた。照れてんのかな。
「ありがとうございます。じゃあ、また明後日に」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「はぁい!!」
すごい、今日は夜にもパンが食べられる。チビ達が喜ぶな。
誕生日って全く意識したことあまりなかったけど、実は良い日なのかもしれない。
ウキウキとした気分で教会に帰りつくと、シスター・ナリアがお出迎えしてくれた。
「シスター・ナリア。ただいま」
「ああ、おかえりなさい、オウカ。貴女に届け物が来ていますよ」
……届け物? なんだろ。
まあ、それはともかく。
「後で見とく。それより、今日はパンをたくさんもらったんだ。晩御飯にパンがあるよー」
「それは喜ばしいことだけど……先に届け物を見た方が良いわ。
王都の冒険者ギルドからですし」
「……へぁ? 冒険者ギルド? なんで?」
「手紙も預かっています。部屋に置いてあるから見てらっしゃい」
「なんだろ……はぁい」
一旦キッチンに寄ってパンを置き、部屋に戻る。
使い古された文机の上に、一抱え程の小包と
あー。これか。
便箋を手に取ると、裏に冒険者ギルドの焼印があった。これ、本物だ。
小刀で封を開け、手紙を読んでみる。
『貴女の運命をお返し致します。
冒険者ギルド王都ユークリア本部長 グラッド・ベルガレフ』
……はぁ。え、どちら様? 運命ってなに?
小包の油紙を剥くと、また冒険者ギルドの焼印が入った木箱が出てきた。
あ、これ、蓋が開く。
赤と白。二つの大きな拳銃。
それと、飾りの無い指輪。
木箱の中には、それだけが入っていた。
<i526760|34989>
……えぇと。なんだこれ。
銃先にある桜のモチーフが可愛いけど、良く見ると拳銃は弾を込める部分が無い。
凄く出来が良いオモチャだのようだ。
なにこれ。イタズラにしては手が込んでるけど、本気で意味が分からない。
指輪を手に取ると、内側に何か彫ってある。
けど、知らない文字だ。シスター・ナリアなら分かるだろうか。
「……なんだこれ?」
呟くと同時、指輪が淡く光った。
え、なに、何で光ってるのこれ?
「――声紋認識完了。
――起動しました。
――ご
指輪が、喋った。
「……ぎゃああああああああっ⁉」
私は取り敢えず、全力で床に投げ捨てた。
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