さくら・ぶれっと 〜剣と魔法のファンタジー世界でどちらも使えない町娘の私はガンカタ(拳銃)で戦う。自分の生い立ちを知りたいだけで、英雄だなんて呼ばれたくないってば〜

@kurohituzi_nove

第0話


 目の前には魔物の群れ。

 五体の戦闘用魔導人形。その数は、ベテランの冒険者でも、パーティを組まなければ対処する事すら難しいと言われている。


 そんな物を前にして、体が震える。

 怖い。今すぐ逃げ出したい。涙が出そうになる。

 こんなもん、武器を貰っただけの、ただの町娘が立ち向かう敵じゃない。

 有り得ない非日常の光景に、お腹の底が冷えきってしまう。

 ああ、冒険者ギルドで変な依頼受けなきゃ良かった。


 それでも。

 私の後ろには、まだ幼い子供たちがいる。

 泣くのを必死でこらえ、身を寄せあうチビ達がいる。

 肝試しで足を踏み入れた館に潜んでいた、この表情のない魔物たちは、この子達にとっては悪夢そのものだろう。


 守りたいものがある。助けたい人がいる。

 そして、借り物とは言え、この手に戦うための力があるのなら。


 私が退く事は、有り得ない。


 そこら中に散らばった鏡の破片に、私の姿が映し出される。

 長い黒髪、黒眼。華奢で、小さな背。自分で見ても頼りなく見える。

 だからこそ、虚勢を張り、笑う。


 腰のホルダーから紅白の拳銃を取り出し、握りしめる。

 胸元にチェーンでぶら下げた指輪相棒に、一言だけ告げた。


「リング!」

「――Sakuraサクラ-Driveドライブ Readyレディ.」


 聞きなれた中性的な声。頼れる相棒の言葉に、応える。



Ignitionイグニション!」



 トリガーワードと共に、私の小さな身体から、膨大な桜色の魔力光が溢れ出す。

 風に流れる黒髪を照らすように舞う、勇気をくれるいつもの光景。

 恐れが消えていく。戦意が高揚していく。


 切り替わる。日常から、非日常へと。



「さあ、踊ろうか」



 薄紅色をなびかせ、構える。

 腰を落とし、左手は前に、右手は肘を上にして、逆手で顔の横に置く。

 いつもの戦闘スタイル。

 既に慣れきった、戦うための動作。


 一体の魔導人形が襲いかかってくる。

 それに釣られるように、残りも一斉に駆け出してきた。


 振り下ろされる無機質な拳。

 その軌道を読み、銃底で横から打ち逸らす。

 衝撃で腕が外側に跳ね上がり、無防備となった胸元に銃口を向け、薄紅色サクラ弾丸ブレットを撃ち込んだ。

 その流れのまま蹴り飛ばし、他の敵を牽制する。


 二匹目、三匹目。同時に振り回される拳。

 地を舐めるように屈み、避けると同時に両手で射撃。

 近接距離から放たれた魔弾は、意図も容易く敵の胸元にある核を撃ち抜いた。


 大きく踏み込み、回転。突き出された敵の指先に頬の薄皮を削られつつ、接近。

 低い体勢のまま敵の足を蹴り払い、よろめいた所に蹴り上げ。

 踵が顎を蹴り抜き、魔導人形の動きが一瞬止まる。

 その隙を突き、両手で銃撃。乾いた音ともに、火花を散らして後ろ向き倒れ伏す魔導人形。


 その後を追うように、加速する。

 後ろ足で地面を蹴り、そこで生まれた力を逃さず、突き進む。


 回転、遠心力を破壊力に変え、最後の一体の頭部を打ち抜く。

 ぐらり、とふらついた魔導人形を前に、再度回転。

 くるりと身をひるがえし、その腹を蹴り飛ばす。

 その体が地に着く前に照準。狙い違わず核を撃ち抜いた。


 残心。構えを解かず、胸元の相棒に問いかけた。


「リング。敵影は?」

「――検索:敵性反応無し。殲滅を確認」

「了解。状況終了」


 拳銃をホルダーに戻す。


 身に纏っていた桜色が霧散し、乾燥した空気に溶けて行った。




 ああぁぁぁ! めっちゃ怖かったぁぁ!!

 人形、無表情で怖いわ! カタカタ鳴らしてんじゃないわよ!

 てか、ほっぺ! 血ぃ出てんだけど! 痛みはそこまで無いけれども!

 傷あと残らないよねこれ!?


「あの……お姉ちゃん? 大丈夫?」

「はっ!? あ……うん、まあね。アンタらも怪我はしてない?」

「大丈夫! ありがと!」


 うん。ちゃんとお礼を言えるのは偉いぞ。

 頭を撫でたげよう。よしよし。


「あ、でも……僕たち、お金払えないから……」

「あん? 報酬感謝の言葉ならもうもらったわよ。それよりさ」


 アイテムボックスから、作り置きしておいたチキンカツサンドを取り出す。

 

 醤油ベースの甘だれに漬け込んで、しっかり二度揚げしたサックサクなチキンカツと、新鮮なレタスをこれでもかと挟み込んだ一品だ。

 タルタルソースを中に仕込んであるので、ボリュームがあるのに爽やかに食べられる。


「ほれ、飯だ飯。美味いもの食べて笑ってりゃ、大体の事は何とかなんのよ」


 一人一人に手渡しながら、ニカッと笑顔を見せる。


「美味しいは正義だからね!」


 これは、一人の平凡な町娘が。

 数奇な運命に翻弄されながらも。

 借り物の力を手に、日々を過ごして行く物語。

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