第4話 会議室戦争
「この二人組アイドルを主役として、一本、番外編を撮ろうという事になりました」
「え?」
監督の言葉に、僕は思わず隣に並ぶ晴人の様子をうかがう。晴人は相変わらず無表情だったが、纏う空気が若干固まった感じがする。演技の経験がある僕はともかく、この子はそういうの、たぶん駄目だろう。
脚本担当の坂本さんが淡々と説明を続ける。
「1話20分程度のスピンオフドラマです。全六話で、主人公の同級生や、行きつけのカフェのバイト君などの脇役を、6組取り上げて、裏話を描写していく感じの企画ですね。お二人の回に関しては、これから脚本を書いていく形になります。今日は意見を訊きつつ、色々と設定などのすり合わせも行いたく……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
もう決定事項となっているようなニュアンスで話が進むので、焦って坂本さんの言葉を遮る。
「こういう話は僕だけで決めるわけにもいかないので、一旦、事務所へ確認を取らせていただいても……」
監督たち三人が同時に、きょとんとした顔で僕を見る。
「それなら二人とも、然るべき関係者には確認済みだけど……伝わってない?」
「え?」
「え?」
今度は僕の声に、晴人の声も重なる。
「その様子だと二人とも聞いていないね……でも、上條君には悪い話ではないと思うから、いいよね?」
「えっ……あぁ、はい……」
気が動転してうっかり肯定してしまったが、それよりも。僕は隣に座る晴人を手で指し示す。
「でも、晴人くんに関しては、ほとんど一般人?と伺っていますが。……ね、晴人くん」
「はい……その、僕のその然るべき関係者というのは……」
「豊川社長と池田さん」
監督が言い放ったその名前を聞いて、晴人は観念したように目を閉じ、深いため息をついた。どことなく、トリックを見破られた犯人の趣がある。
僕はその人たちのことは全然知らないが、言っても無駄なタイプの人たちなのだろうという想像はついた。
「晴人くんの事情については、もちろん、こちらも重々承知の上。配慮はします」
これは監督の言葉。そりゃそうだ、巻き込んだ張本人なんだから、配慮くらいしてもらわなきゃ困る。
脚本の坂本さんが平然と続ける。
「僕としては、ライブのシーン多めの構成を考えています。苦肉の策という感じですが、お芝居の比重も減らせて、晴人くんとしても負担が少ないと思ったので……でも、準備に手間が、かかるみたいなんですよね」
「そう。既存の誰かの曲を使うにしても、新しく曲を作るにしても、振り付けを用意するにしても、ほとんどゼロからのスタートになるんだよ。そこにコストをかけてもな……。それよりも、二人の関係性が分かるような、物語性があるエピソードを……」
「でも監督、その……前回の放送を見て彼らが気になった視聴者は、彼らのステージに立つ姿を求めるんじゃないでしょうか。僕もネット上の反応を斜め読みしてみましたけど、あのライブのシーンが良かったという声は、結構ありました。……それに、どのみち、今後ライブのシーンを作ることは避けられないと思います。本編でも彼らの出番を増やすなら、ライブ関連のシーンを増やすことになりますよね。このアイドルユニットは、本編主人公と接触するとは考えづらいですから……」
制作陣でも意見が割れているようだ。
ドラマ制作に素人な僕が口を挟んでもどうにもならないところだし、今は黙ってやり過ごすしかなさそうだ。僕は少し俯いて、静かに『方向性が決まるまで待つ』モードになる。
「あの……」
ひりつき始めた空気の中、隣の晴人が声を発した。
「坂本さん、でしたっけ。最初に、僕らの意見を訊いてくれるっておっしゃってましたよね。差し出がましいようですが、提案してもいいですか」
一番立場が弱いと思える晴人が発言したことに、僕も驚いていたが、制作陣も驚いた顔をしていた。
「どうぞ?」
監督に促され、晴人が続けた。
「曲、僕の方で用意させていただけませんか」
その場の全員が、黙り込む。心底驚いた顔、怪訝な顔、三者三様だ。たぶん僕は、おどおどした顔をしていただろう。
内心、晴人がこういう行動に出たことに対して、ヒヤヒヤしていた。あまりにも非常識極まりないんじゃないだろうか。
しん、となった会議室の中で、晴人がおずおずと言葉を続ける。
「元々僕は音楽をかじっていたので、知り合いに曲を作れる人がいます。そのストックの中に、アイドル曲っぽくアレンジできそうなものがありました。ゼロから用意するよりは、時間短縮になるかと思いますが……」
制作陣の三人は、声のトーンを落として、ひそひそと何か議論を始めた。面接みたいに机が微妙に離れているので、遠くて、絶妙に何を話してるか分からない。もやっとする。
晴人を覗き込んでみると、眉尻を下げ息をつめ、目を見開いて制作陣を見つめていた。僕が覗き込んだことには全然気が付かない。余裕がなさそうだ。肝が据わった性格なのかと思ったけど、実はそうじゃないのかもしれない。
「晴人くん、晴人くん」
小声で声をかける。晴人は、僕の声に驚いたのか、びくっと肩を震わせて、僕を見た。
「晴人くんとしては、やっぱり、ライブのシーンやりたいんだよね」
晴人は黙ってうなずく。心なしか、捨てられた子犬みたいに見える。
制作陣が揉めている最中から、僕も、晴人のことを考えるとライブのシーンを作る案の方が良いと思っていた。ダンスの問題なら、僕が即興で振り付けを考えてしまえば、何とかなる。クオリティをかなぐり捨てる形にはなるかもしれないけど。
ただ、援護射撃できる立場にいると分かっていながら、僕はその決心がつかなかった。
僕の案は、的外れってことはないと思う。それでも、怖かった。
今までの経験で積み重ねられてきた『求められた事を、求められたように応えるべき』という固定観念があるのかもしれない。僕の意向は、仕事において、求められたことがなかったから。
「……晴人くん」
監督の声に、僕は我に返った。膠着状態が崩れたことに少し安心して、知らず知らずのうちに強ばってしまっていたらしい体から、力を抜く。
「はい」
「その提案、採用させてもらおうと思う」
「ありがとうございます」
晴人が深々と、頭を下げた。
僕らのステージに、誰にも負けない主役を 梶原 @shun-ka
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