第3話 似たもの同士

 もう辞めよう。

 一晩かけてその結論に至ったのだが、翌日、例のドラマの偉い方々に呼び出されて、僕はとある事務所に来ていた。

 そこは晴人の所属する芸能事務所。その日の撮影場所にちょうど近かったので、場所を借りる、という感じらしい。

「失礼します」

 入り口から声をかけると、一番手前のデスクでパソコンに何かを入力していた青年が振り返る。

「あ」

 後ろを向いていたから気が付かなかったが、晴人だった。正直オーラも全然なくて、傍目から見たら、完全に『雑用係のアルバイト』という感じ。

「お疲れ様です。随分早いんですね」

 相変わらず、感情をあまり感じさせない立ち居振る舞いに、僕は「遅刻するわけにもいかないので……」と答える。晴人はうーん、と小さく唸りながら、時計を見上げて、この後の段取りを考え始めたらしい。

 視線が外れたことをいいことに、僕はまじまじと晴人を観察する。

 身長は、僕より少しだけ高いだろうか。髪はチャラチャラと遊ぶようなことはなく、黒髪で、清潔感がある。どちらかというと色白で、瞳の色もぱっと見明るく見えた。俗に言うしょうゆ顔、かな。髪と同じで、顔立ちにも癖がない感じ。でも、さっぱりした印象の割には、よくよく見ると年上の女性に好かれそうな、愛嬌がある顔立ちのような気がする。

 僕のように髪形やら服装やらで誤魔化してないのに、十分かっこよく感じるので、たぶん素材がいいんだろうと思う。

 彼の中で結論が付いたらしく、晴人は僕に視線を戻した。

「先に会議室で待ってもらいましょう。僕はもう少し作業があるので、」

「いや、君も行っていいよ」

 デスクの向かいに座っていた、晴人の上司らしい三十代くらいの男性が言う。

「頼んだ仕事、ほとんど終わってるんでしょ。あとはやっとくから、そっちの仕事に力入れなよ」

「……ありがとうございます」

 晴人は苦いものでも食べたような渋い顔で礼を告げて、立ち上がり、僕を会議室へ案内した。

「は、晴人……くんは、何をしてる人なの?」

 僕は晴人の後ろを歩きながら声をかける。なんとなく、背中になら声をかけやすかった。

「ここの事務所のバイトです」

「? 芸能活動は?」

「数ヶ月前までバンド活動はしてましたけど、今は何もしてません。デビューまで秒読みだったのに、相方が急にイギリスに留学するって言い出しやがったから」

 なるほど、バンド活動。だからあんなに歌が上手かったのか。納得だ。

「バンド活動してた時からマネージャーみたいな仕事はしていたので、その名残でここで雑用をしてるんですが……そろそろ辞め時かなって思ってます」

「いや、そんなもったいない。晴人君くらい歌が上手ければ、表舞台でだってやっていけそうに見えるけど」

 これは本心だった。その言葉に、晴人は「ありがとうございます」と苦笑いする。僕の言葉は、お世辞と捉えられ、適当に流されたっぽい。

「僕は、別に元々歌が好きなわけじゃないですから。あの人に付き合わされて、見様見真似でこうなっただけで」

 あの人、とは留学した相方のことなのだろう。それにしても、やけに消極的だな、と僕は思ったが、よくよく考えたら僕も似たようなものだ。

「どうしてドラマに出演することに?」

 晴人が会議室の扉の前で立ち止まり、ノックする。人がいないことを確認したら、扉を開けて、僕を先に「どうぞ」と通してくれる。

「元々、うちの事務所所属の松川春斗が出演予定だったんですよ」

 僕の後に部屋に入った晴人は、パタンと扉を閉めながら言う。

 松川春斗といえば、このドラマのクランクイン直前くらいの時期に、不祥事を起こしていたモデルだ。いうほど有名ではないが、活動範囲も重なる所謂『競合相手』だったので知っていた。確か、付き合ってた彼女と、痴話喧嘩が行き過ぎて警察のお世話になってたっけ。

「それほど大事にはならなかったんですけど、ドラマ撮影は諸事情で難しくなってしまって。お詫びのご挨拶に同行して、その場で監督に気に入られてしまいました。素人同然だからギャラが安いことと、見るからに男女関係で揉めなそうなところが、魅力的だったのでしょう」

「はぁ……」

 いくらなんでも、偶然そこら辺にいたちょっと見た目がいい若者に声をかけるって、そんな節操がない話……とちょっと引く。でも考えてみれば、僕らの役はそこまで力を入れるべき役どころでもない。そのくらい適当で、丁度良いのかもしれないないな。

「……それにしても、随分と近場で代役を済ませたねぇ」

 口に出してから、今のは失言だったかなと一瞬焦ったが、晴人が「ははっ」と笑うので、胸をなでおろした。この子が破顔したのを初めて見る。良かった、一応人間らしい。

「僕も、焦った大人って何しでかすか分からなくて怖いなって思いました」

「……じゃ、晴人って名前は」

「役名をお借りしてます。本名でやるのも気恥ずかしかったし、親からもらった名前にイチャモンつけるのも失礼ですけど、好きじゃないので……」

 それに今回限りですし、と晴人は一人、自分に言い聞かせるように頷く。初めは彼に興味は1ミリもなかったが、立場が似てると感じたからか、僕は妙に親近感を覚えてしまった。

「……なら今回の仕事は、お互い、最後の思い出作りって感じかな」

 僕の言葉に、不思議そうに晴人は小首をかしげる。晴人の話を聞いてばかりで、自分の話をしていなかったことに気が付いた。

「僕、この仕事辞めようと思っていて。言われるがまま一生懸命に仕事して、経歴は積んできたけど、今後の展望が見えないし」

「今後の展望ですか」

「……ダンスの仕事に憧れてるけど、今の立場だと、させてもらえないままだから。まだノープランだけど、何も動かないよりは、マシかなって、ね」

 自分でもスラスラと本心を明かしてしまったのが、意外だった。それこそ、志田さんに打ち明けるときだって、それなりの覚悟を決めてから臨んだのだ。この仕事に未練がなくなったことの表れかもしれないな、と、半分他人事のように思う。

「……確かに、初めて練習したときからお上手でしたもんね、ダンス。でも、上條さん、他にもたくさん魅力的な部分がありそうというか、いろんな所から求めてもらえそうというか、需要がありそうというか」

 視線を感じて、知らず知らずのうちに俯いてた顔を上げると、晴人の真剣かつ、……なんと表現したらいいんだろう。子どもが面白いオモチャを見つけたときに似た、期待がこもった瞳とバッチリ目が合ってしまった。

 え? なんだその目は。

 晴人は表情筋が元々乏しいのか、瞳以外が全く無表情なだけに、怖い。

 僕は後退りしつつ、へらッと笑ってみせる。

「あっ、あはは、やだなぁ、そんなおだてたって何も出ないからね? あ、そうだ、せっかくだから名字じゃなくてさ、夏生ってさ下の名前で呼びなよ、僕も晴人くんのこと晴人くんって呼ぶし」

 その時、晴人の肩越しに、会議室の扉が開いたのが見えた。

「お! 現場じゃ二人とも全然喋らないから仲悪いのかと思ってたけど、二人きりなら結構お喋りするんだな。安心したよ」

 そう言って会議室に入ってきたのは監督で、助監督と脚本担当もあとに続いて入ってきた。仕事を辞めようとしている話は聞こえていないらしいが、僕は少し落ち着かない気持ちで「おはようございます」と会釈する。

 早速だけど、と促され、僕らは監督たちと向かい合う形で着席する。

「お二人に演じてもらった地下アイドル、評判がいい……視聴者にとって『かなり気になる存在』と話題になっているのは、お二人も聞いていると思います」

 脚本担当の坂本さんが切り出した。

「当初の予定では、ポスター等の小道具の写真での出演、歌唱シーンの出演という話でした。今の時点でも、それで問題なく本編は成立するわけですが……」

 そこで、すっと、資料を差し出される。

「出番を、今後ちょっとだけ増やしたいと思います」

 ここまでは予想はついていた。

 とはいえ、追加でちょっと歌唱シーンが入る程度の話だろう。と、僕がたかを括っていると、間髪入れずに監督が口を開く。

「それに加えて、この二人組アイドルを主役として、一本、番外編を撮ろうという事になりました」

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