第2話 話題のあの子
「昨夜のドラマ、評判良さそうだね」
いつもの雑誌の撮影への移動中、運転しながらマネージャーの志田さんが言う。
「……まだ見てなくて」
「そっか、深夜放送だもんね。寝てたか」
実を言うと、出演した例の歌唱シーンは見られなかったが(志田さんの言うとおり寝過ごした)、エンドロールのテロップで共演者の名前だけは確認していた。
僕の名前と並んでいたのは『晴人』の文字。僕自身も、今回の役名が『ナツキ』、芸能活動で使う名前が『上條夏生』と合わせられていたから、彼も『晴人』という名前で活動する俳優かモデルかと思った。ネット検索しても、彼が出てくることはなかったが。
「SNSでも、夏生くんたちの演じた地下アイドルが話題になってて、夏生くんに関する投稿も増えてる。でも相棒君の方が世間をざわつかせてるっぽいねぇ」
そうだろうな、と思う。芸能界に冷めてる僕ですら、内心かなりざわついているのだ。
「アイドル役なのに全然笑顔を見せない、あのクールっぽいイケメンは誰だ〜?って、みんな検索したみたいだけど、見つからないって。芸名も役と同じ『晴人(ハルト)』だから、余計にミステリアス。今度売り出す新人かな。おもしろい売り方するねぇ」
「全くの新人さんなんですかね」
「う〜ん……」志田さんは少し唸ってから「ダンスは素人さんって感じだったよね」と続ける。志田さんも、彼の素性についてはあまり分からないらしい。
「何度か撮影してるし同年代でしょ? 君ら、話とかしないの?」
そうなのだ、あれから2回ほど彼には会っている。ただ、かなり話しかけづらい子だなと感じていた。少しも笑わないし、堅物……というより、人間味を感じられなくて。
「……すみません」
「いや、謝らなくてもいいけど」
志田さんは笑う。
「君が今の仕事辞めようとしてることも、私は知ってるけどさ。でも今回の夏生くんの役、まだまだ注目されるようなら、関連した仕事が増えるだろうから。心の準備はしといてね」
「……」
それを聞き、僕は座席に深く体を預け、ため息を吐いてしまう。
すべての始まりは、高校生の時に偶然遊びに行った東京でスカウトされたことだった。流されるままに受けた全国規模のオーディションで、最終審査まで残り、それが芸能関係者の目に止まり、メンズファッション誌の専属モデルとして活動することとなった。大学生活に慣れてきたころには、朝の番組のミニコーナーのレポーターや、演技などの細々とした仕事も増えていた。
家族や友人はそんな僕の活躍を喜んでくれたし、ファンといえる人たちも少しずつ増えていたが、僕自身は、正直なところ乗り気ではなかった。
昔から踊るのが好きだったから、初めは、ダンサーになる夢に近づけるんじゃないか、という下心でこの仕事を頑張った。しかし、始めてみればそこへつながる展望は全く見えず、それが不満だった。
不満を発散したかった僕は、顔を隠し、大学のサークル仲間とダンス動画を投稿したりもした。評判も良かったし楽しかったけど、転倒して顔に痣を付けたことがきっかけで事務所にばれ、今は完全にダンス禁止令が出ている。僕はそれを無視できるほど面の皮は厚くなかったから、以降本気のダンスはしなくなった。代わりに、仕事への熱は冷めていく一方だった。
そんな紆余曲折も含め、辞める意志が少なからずあることは、幸か不幸か、志田さんにしか知られていない。任された仕事は比較的器用にこなせる方だし、失敗をすれば悔しくて、次には同じ間違いをしないので、現状、周りからは『堅実な仕事ぶり』と思われているらしいのだ。
いつもの撮影スタジオにつく。今日は、志田さんとはここでお別れ。
「そういえば、送迎してくれるなんて珍しいですね」
志田さんは他のタレントのマネージャーも兼任してるので、忙しい。特に僕のような新人に関しては、必要最低限のサポートとなりがちで、仕事が決まったら内容と場所を伝えられ、自力で向かうのが基本だ。
志田さんは運転席から顔を出し、僕に口角を上げてみせる。一瞬(目が笑ってない)と思った。
「ちょっと話したかっただけだよ。ドラマの手応えはどうだったんだろうとかね」
そういえば、アイドル役の仕事が決まったと、僕に電話越しに報告をくれた時の志田さんは、もっと声がキラキラしていた。
そこで僕はやっと、自分が志田さんの気持ちを踏みにじった事に気がついた。
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