僕らのステージに、誰にも負けない主役を
梶原
第1話 ステージ上の脇役(プロローグ)
地下の小さなライブハウス、ステージの上。僕は、その日初めて会い、きっとこの仕事が終われば二度と会わないであろう青年の隣に立つ。
少し見下ろせば、そこには、ドラマの撮影スタッフ、観客役のエキストラ。その中には、ブレイク間近と噂される主演の新人女優や、相手役の実力派若手俳優もいる。
ステージの上にこそ立ってはいるが、僕らは、脇役と言えるかも怪しいほどの役どころだ。ドラマの序盤で主人公の女の子が夢中になっている、二人組の男性地下アイドル。数回に渡り出番はあると聞いているが、各回、顔が映る時間は10秒にも満たないだろう。今だってカメラが狙っているのは、主演女優だ。
撮影開始直前のスタッフ同士の打ち合わせが長引き、スタンバイ状態で手持ち無沙汰になった僕は、隣に立つ青年に話しかける。
「ハルト君、よろしくね」
ハルト、というのは彼の本名でも芸名でもなく、作中の役の名前だ。端から彼に興味がなかった僕は、その時、彼自身の名前を覚えていなかった。彼はそれに言及することもなく、AIのごとく、事務的な言葉を返しただけだった。
「こちらこそよろしくお願いします」
彼の言葉が終わるのと同じタイミングで、撮影スタッフがそれぞれの持ち場へ散る。
「お待たせしました。撮影前に少しご説明しますねー! まずステージのお二人、このあとの編集でレコーディングしてもらった音源を入れるので、口パクで大丈夫です。マイクも電源は切れてますから。エキストラの皆さんは……」
撮影スタッフの説明が終わると、合図と共に、ライブハウスのシーンの撮影が始まる。
会場内にイントロが流れ、事前の練習で指導された、いかにもアイドルらしくキラキラと飾りつけられたダンスを踊る。横目で隣のハルトを見ると、かなりぎこちない動きと表情だった。ずっと思っているのだが、彼の他に、適任者がいたのではないだろうか。
歌い出しは、ハルトからだ。
彼は両手でマイクをしっかり握りなおすと、大きく息を吸う。マイクの電源も切れているというのに、随分と気合を入れるんだな。僕は、彼の声に耳を澄ます。
歌声が空気を震わせ、僕の鼓膜に届く。
その瞬間、頭で考えるよりも先に、びりびりと背筋に電流が走った。まるで脊髄反射のように。
惰性で続けていたこの仕事で、ここまでの興奮を覚えたのは、実に数ヶ月ぶりのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます