61、食べ物の恨み





 雪かきで鍛えた脚力には自信があったんだけど、所詮、私は箱入りの令嬢。出前で鍛えているニチカには追いつけずに見失ってしまった。くそう。


 しゃあない。学園で会った時に返そう。


 私は追跡を諦めて、髪留めをハンカチに包んでポケットに入れた。私が直接返すとぎゃーぎゃー言いそうだから、教師経由で返してもらおうかな。


 いつの間にか、人気のない路地まで来てしまっていた。横手に小さな川がさらさら流れている。

 私は土手の上に立って流れを眺めた。浅い川だけど、それほど汚れてはいない。川沿いを散歩するのも良さそうだな。


 のんびりとそんなことを考えていた私の背中を、誰かが強く押した。


 土手から転がり落ちた私は、一瞬だけ茫然として、すぐに振り向いた。だが、私を押した人物が逃げていく気配だけで、姿を確認することは出来なかった。


「お嬢様!」


 我が家の護衛騎士が血相を変えて走ってきて、川に尻餅をついている私を助け起こした。


 ……これで明らかになった。誰かが、私に強い悪意を持っている。


 ずぶ濡れになってしまったので、着替えるために家に戻らねばならない。

 護衛騎士にいたわられつつとぼとぼ歩いていると、走ってきた馬車が真横で止まった。


「レイシール!?」


 馬車から顔を出したティアナが私を見て叫んだ。


「どうしたの!? ずぶ濡れじゃない!」

「えーと……」


 突き落とされたというと大事になりそうなので、適当に言葉を濁した。


「風邪引いちゃうわよ! 早く乗りなさい!」

「いやいや、馬車が汚れちゃうから……」

「そんなのいいわよ! 早く!」


 ティアナに強引に馬車に詰め込まれてしまった。


 そのまま我が家に送ってもらって、使用人達に悲鳴を上げさせてしまった。アンナに至っては卒倒寸前だった。

 護衛騎士は責任を感じて辞めるって言い張ったけれど、一人で走って人気のない場所に行った私が悪いのだし、処分はしないようにお願いしておいた。彼も私を突き落とした人物の顔は見ていないらしい。ただ、若い女性だったことは間違いないという。


 誰だか知らないけど、なんてことしやがる。


 私は怒りに震えていた。


 いももちが……せっかく作ったいももちが川に落っこちたせいで台無しになっちゃったじゃないか!


 ジェンスがもちもち食べるところを眺めようと思ってたのに!


 食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ! 覚悟しておけ!




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