60、おかもちとヒロイン
甘辛い砂糖醤油にからめた(醤油の存在する優しい世界)いももちを重箱に詰めて、私はえっちらおっちらサイタマー家を目指して歩いた。
馬車に乗っていってくれと使用人達に泣かれてしまったけれど、たまには歩かなきゃね。冬の雪かきに向けて足腰を鍛えておかないと。
一人で歩いているけれど、たぶん見えないところに護衛はいると思う。公爵令嬢だもん。
そんなことを考えながら歩いていると、おかもち担いで走ってきたニチカとすれ違った。
ちょっと待って!!
「ニチカさん!?」
「ん?」
おかもち持って三角巾を被ったニチカが振り向き、私を見て目を丸くした。
いや、目を丸くしたいのこっち! なにしてんの!?
「あー! 悪役令嬢! また私の邪魔をしにきたのね!」
別に、他の人に迷惑をかけてなければ何も邪魔するつもりはないけど。
「何をしていらっしゃるの?」
「見ればわかるでしょ! バイトよ! 出前の帰りなの!」
ふんっと胸を張る姿は確かにどう見ても出前スタイルだけれども。
このゲームって、ヒロインが定食屋でバイトしてんの? 知らなかった。
ゲームのニチカって夏休み中何してたっけ?
ああ、攻略対象と順調だったら夜会のパートナーに誘われるんだった。すっかり忘れてた。誘われるけど断るのよ。平民だからって。
すると夜会の夜、ニチカの元に攻略対象が現れ、月光の下で二人だけの秘密の夜会……
次期公爵が大事な夜会ブッチしてくんじゃねえよ!
「ちなみに、昨夜は何をしてました?」
「昨夜? だから、バイトよ! うちの店、夜はビアホールもやってるからね!」
一応、アリバイを確かめてみたけれど、どうやらニチカは勤労していたらしい。薬の小瓶を夜会に放り込むほど暇じゃなかったみたい。
「はっ! 悪役令嬢にかまってる場合じゃないわ! 店に戻らないと! 今日は忙しいのよ!」
ニチカはたったか走っていってしまった。私はその後ろ姿を見送る。
うん、なんか、学園でぶりぶりしてる時より可愛いわ。
働き者のお前、輝いてるよ。
なんかなあ、いまいち、ニチカって憎めないのよね。
アルベルトやルイスに媚び売っているのを見たときは逆ハー狙いかよって呆れたけれど。
いや、でも、あの時は逆ハーを否定したけれど、今はニチカの気持ちがちょっとわかるわ。私もここまできたらもう四十七都道府県をコンプリートしたくてたまらないのよ。
人間は欲深い生き物よね。
私も踵を返そうとして、地面に髪留めが落ちていることに気づいた。
ニチカの落とし物かしら? たぶん、三角巾を留めるのに使っていたのだろう。
「ニチカさーん、落とし物よ!」
呼びかけてみるが、聞こえないのか遠ざかっていってしまう。
「ニチカさん! 待って!」
私は髪留めを手に、ニチカを追いかけた。
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