38、胸きゅん




「わ、私が勝手に泣いていただけで……私が悪いんです」


 人気のない廊下に並んでしゃがんで、マリヤが訥々と話し出す。


「私……立夏祭では、恋人に花を贈るって聞いて……でも、私には恋人も婚約者もいませんから……関係ないって思っていて」


 確かに、マリヤは髪に花をつけていない。

 でも、相手がいないことが悲しくて泣いていた訳ではないだろう。


「でも……私、見てしまって……」

「見た? 何を?」

「……テッドが、花を持っているのを」

「え?」


 マリヤが膝に顔を埋めてしまった。


「わ、私、テッドが誰かに……テッドに花を贈りたい相手がいるなんて全然知らなくて……」


 おおう。これは。

 甘酸っぱいあれなんじゃないの?


「私、いつもそうだから、今回もてっきりテッドが迎えにきてくれて一緒に行くんだと……でも、テッドに誘いたい相手がいるなら、テッドは私のところに来ないかもしれないって思ったら、なんだか怖くて……会が始まるよりだいぶ早い時間にここに来てしまって……」


 もしもテッドが来なかったら、と思うと部屋でじっと待っていられなかったということだろう。それで、テッドはマリヤを探していたのか。


「テッドはマリヤを探していたわよ。その花って、マリヤに贈るためかもしれないじゃない」


 むしろ、その可能性しか考えられないんだけど。


「探すのは、私が勝手にいなくなったから、幼なじみとしての義務で……私、「もしかしたら」って思ってしまうのが怖くて恥ずかしくて……」


 ヒロインーっ! こういうのがヒロインっていうのよーっ! おい聞いてっかニチカ・チューオウ! 期待してしまう厚かましさを恥じ、逃げ出してしまう奥ゆかしさ!


 今この瞬間、マリヤ・アーキタのヒロイン力が天元突破よ! さすが秋田! 秋田小町!


「テッドは今までそんな態度だったことなんかないのに、ただの幼なじみでしかないのに、どうして「もしかしたら」なんて思ってしまうんでしょう……? もし、テッドが他の誰かに花をあげていたら、私は平気な顔をしている自信がなくて……」

「マリヤ……」


 今の私は悪役令嬢じゃなくて、少女マンガにおけるヒロインの親友兼相談役ポジション!

 お、美味しい立場なんじゃない?


 いやいや、真面目にやらなくちゃ。マリヤとテッドの人生がかかっているんだから。


 ああー! でも、胸に「きゅんきゅん」がこみ上げてくる! ちょっと誰かティアナを呼んできて! このときめき、分かち合いたい!


 降ってわいた少女マンガ展開に、私は一頻り悶えたのだった。



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