37、涙
「やあ、ジェンス。レイシール嬢、初めての立夏祭はどうだい?」
アルベルト発見。
「上級生に囲まれて疲れたでしょう?」
ナディアス発見。
「ふん。俺はあんな朗読会は認めないからな」
ガウェイン発見。
あ。ティアナがルイスに話しかけている。
攻略対象全員、会場に居て庭に出ていく気配がないんだけど。お前ら、ヒロインが待ってんじゃないの?
まあ、別にいいけどさ。
「レイシー、疲れたか? 少し庭に出て涼もうか?」
「まさかのジェンス!? だめだめ、今日は庭はダメ!」
ジェンスが胸の赤い花をむしり取ってニチカに庭の花を贈るなんてある訳がないけれど、君子危うきに近寄らず。本日は庭には近寄りません!
私は思わずジェンスにぎゅーっと抱き着いた。
「そ、そうか。じゃあ、いったん廊下に出ようか」
ジェンスはでれっと相好を崩して、私を人気のない廊下へ連れ出した。わいわいとした喧騒から離れて、ほっと息を吐く。
「レイシー」
「ん」
人目がなくなった途端、ジェンスがぎゅうぎゅう抱きしめてくる。お兄様も侍女もいない今がチャンスとでも思ってんだろ、まったく。
五秒たったら巴投げで撃退しようと思いつつ身を任せていると、耳にかすかにしゃくりあげるような声が届いた。
「ジェンス、ちょっと」
額に軽くチョップをかましてジェンスから離れると、私は廊下の奥に向かって耳を澄ました。「ぐす、ぐす」と小さな泣き声が聞こえる。
「え?」
「あ……」
曲がり角の壁に隠れてしゃがみ込んで泣いていたのは、マリヤだった。
「ど、どうしたの?」
「レ、レイシール様! なんでもありませんっ……」
マリヤは慌てて立ち上がるが、なんでもなければこんな廊下で一人で泣いている訳がない。
「何があったの? テッドを呼んでこようか?」
「やめてください!」
マリヤがらしくない声を上げた。
「も、申し訳ありません……でも、どうかテッドには言わないで……」
うぬう。これは放っておけぬ。
「ジェンス、私はマリヤから話を聞きたいので、先に会場に戻っていて」
「……ああ」
ジェンスはちょっと不満げだったが、女の子の話を自分が聞くわけにはいかないと理解しているので素直に会場に戻っていった。
「さあ、マリヤ。どうして泣いていたのか、良かったら聞かせてくれない?」
優しく語りかけると、マリヤはぽろりと涙をこぼした。
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