31、朗読会の幕が開く






 あっという間に時は過ぎ、いよいよ朗読会の日になった。


「なんとか間に合ったわね!」

「うまくいくといいですね!」


 ティアナとマリヤが舞台袖で手を握りあう。


 生徒達がぞろぞろと入場してきて、講堂の真ん中に円形に配置された舞台を見て目を丸くした。


「どうぞ、舞台の周りにお座りください」


 円形にぐるっと、舞台を囲むように絨毯を敷いてクッションを置き、楽に座れるようにしてある。椅子に座るよりリラックスできるはずだ。


 生徒達が座るのを待って、ルイスが開始の言葉を読み上げる。


「それでは皆様、ただいまより朗読会をはじめさせていただきます。

 朗読者は一年生Bクラス、ジェイソン・イバラッキ。Cクラス、アーヴィン・ヤーマガッタ。

 二年生Aクラス、ダニエル・トチギン。Dクラス、ヴェリオ・グンマー。

 三年生Aクラス、フレデリカ・エヒメン。Dクラス、グレアム・トクマシー。

 「ムサシの国の英雄ヤマト王のミチノクの旅の詩」より「英雄を想う乙女の詩」「ミチノクを支配する魔王の詩」「英雄を求める村人の詩」「英雄へ剣を授ける女神の詩」「魔王に操られた将軍の詩」「魔王に打ち勝つ英雄の詩」をお聞きください」


 生徒達がざわめいた。

 通常、朗読会は一人ずつ名を呼んで舞台に上がって、一つの詩を呼んで、また次の人が呼ばれる。というやり方だ。

 だけど、今回はいっぺんに名前と詩のタイトルを読み上げた。

 そして、舞台袖から現れた人物を見て、生徒達が「ぶほっ」と咳き込んだ。


「おお!勇者よ!英雄よ!愛しき人よ!我が愛がこの満月の光のごとく、あの方を優しく照らしますように!」


 舞台袖から歩いてきて、円形舞台に登壇して「英雄を想う乙女の詩」を読み上げるのはジェイソン・イバラッキ。

 練習の甲斐あって、なかなかいい声だ。「恥を捨てろ」としごいた甲斐があった。


 乙女の役なので、当然、乙女の衣装を着てもらっている。白い簡素なワンピースだ。頭には花の飾り。

 なかなか似合ってんじゃない?

 衣装は私とティアナとマリヤで制作した。頑張ったわ。ジェイソンも最初は泣いて嫌がっていたけど、今では堂々としたもんよ。役者の才能に目覚めたのね。


 ジェイソンが詩を読み上げている途中で、舞台袖から魔王の衣装で飛び出したアーヴィンが円形舞台に飛び乗る。


「英雄が来る!英雄が来る!このミチノクを勇者の血で染めてやろう!乙女の涙が我に力を与えるのだ!」


 うむ。いい悪役ぶりだ。実に楽しそうに生き生きしていらっしゃる。


「下僕どもよ!勇者の道を塞ぐのだ!」

「「イーッ!」」


 わらわらと登場した仮面を被った魔王の手下達はアーヴィンの飲み仲間達だ。私の演技指導のせいでちょっとショッカーっぽくなってしまっているが、彼らは円形舞台の周りで適当に生徒を驚かせる役だ。


 女子には触るなと言い聞かせてあるので、襲う振りだけだ。でも、心なしか楽しそうだなあいつら。

 生徒達もきゃあきゃあ言いつつちょっと楽しそうだ。女子は隣の男子にくっついたり、男子は逆に魔王の手下を追いかけて捕まえようとしたり、童心に返っている。魔王の手下達には武器として紙を折って作ったハリセンを持たせているのだが、中にはハリセンを奪って手下に攻撃している生徒もいる。


 やっぱり、皆がよく知っている英雄サーガを選んで良かった。内容はわかりやすいし、詩も簡単で芝居の台詞っぽく大声で読み上げやすい。


 村人風の衣装のダニエルが登場して、魔王への恐怖を歌い上げた後に、ヴェールを被った白いドレス姿のヴェリオが勇者へ授ける剣を持って現れる。ごつい女神だな、おい。


 そして、魔王に操られた将軍が正気と狂気で苦しむ詩。

 グレアムが迫力たっぷりに歌い上げ、天に向かって吠える。その雰囲気に、生徒達が息を飲む。

 そこへ、現れるのは凛々しく雄々しいかの英雄。


「おお!悪しき魂に飲み込まれんとする哀れな命の叫びが聞こえる!我が剣は震える!悪しき魂への怒りと、哀れな命への涙に震えている!」


 騎士の衣装をまとって現れたのはフレデリカ・エヒメン様!


 きゃー、かっこいい!!


 やっぱり私の見立て通り!フレデリカ様は絶対に宝塚!って思ったのよ、初めて見た時から!

 お声も素敵なアルトだし!上背があって、引き締まった体で、顔つきも精悍で、文句なし!

 女の子の理想の騎士様よー!


 私以外の女の子もそう思うって確信があったの。だから、英雄役は絶対にフレデリカ様って決めてた!第一印象から決めてました!


 その印象は間違っていなかった。だって、観客の女の子達が頬を染めて叫んでいるもの。


「おお、将軍!そなたの苦しみ、私が今この刃ですすごう!」

「「「きゃああああああっ!!」」」


 詩の朗読会とは思えぬ盛り上がりに、講堂に女の子達の悲鳴が満ちる。


「いやー!素敵ー!」

「フレデリカ様ー!」

「こっち向いてー!」


 女の子達がそう叫ぶと、舞台上のフレデリカ様はそちらへ指先を向け、ふっと流し目を送った。


「いやああああっ!」

「もう駄目ーっ!」


 あ、誰か倒れた。失神?

 フレデリカ様ってば、罪なお方。


 フレデリカ様が将軍を斬り伏せ、魔王へ挑む詩を歌い、魔王を打ち倒すところで詩は終わりだ。

 円形舞台の真ん中で、フレデリカ様はジェイソンの肩を抱いて剣を天に掲げる。


「悪しき魔物は倒された!剣は天に!我が愛は乙女に!」


 フレデリカ様の最後の台詞で、物語は締められた。生徒達から惜しみない拍手が送られる。


 こうして、朗読会は無事に成功したのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る