28、重要人物ジェンスロッド・サイタマー
「レイシール嬢」
うげ。
資料室に戻ろうとしていた私は、背後からかけられた声に内心で呻いた。
いやだなーいやだなーなんだかいやだなー。と、心の中の稲◯淳二が騒ぐ。
「トキオート様、何か?」
心の稲川◯二を抑えて、私は完璧な笑顔で振り向いた。
「朗読者が集まらないと聞いた。もし困っているのなら、俺が何人か声をかけて集めようか」
「結構です」
食い気味に断ってしまった。
いや、でもアルベルトに協力してもらうのなんか絶対嫌なもので。
「ルイスとデイビッドに狩りをお願いしてあるので大丈夫です」
「狩り?」
「それでは、私はこれで……」
「アルベルト様~!」
いやだなーいやだなーすっごくいやだなー。
「こんなところで会えるだなんて~!嬉しいですぅ」
ニチカが腕をぶんぶん振りながら廊下を走ってくる。監督生の目の前で廊下を走るなよ。走るなら、アルベルトの前だけにしてくれ。だって、一応監督生として私は注意しないといけないからね。
「ニチカさん。廊下を走ってはいけません」
義務感からそう注意すると、ニチカは何故か目を潤ませてアルベルトの横に横にぴたりとくっついた。
「ひどいですぅ~そんな言い方しなくても~」
どんな言い方しろっつんだよ。めっちゃ簡潔に言ってやったのに難しかったのか?それとも、「廊下を~走っちゃ~いけないんですよぉ~?」とでも言えっつのか、この私に。
はあ、茶番。
どうせ、アルベルトがニチカを庇って私を非難するんだろうけど、私は間違っていないからね。何を言われようと論破してやるわ。
「キミ、ホーカイド公爵令嬢がきちんと注意してくれているんだ。しっかり聞いてマナーを身につけるべきだぞ」
アルベルトがニチカにそう言った。
おや?
アルベルトのくせに、ニチカの味方をしないのか。そういえば、アルベルトの態度がゲームとはだいぶ違う気がする。
「で、でもぉ~レイシール様はいつも私にひどいことを言ってくるんです~」
いつもっていつだよ。中庭でマリヤを恐喝していた時に止めたことしか記憶にないけど。
「それに~同じ監督生だからって~ルイス君にべたべたして~」
あのクソ義弟とべたべたなんてする訳ないでしょ!やめてよ気色悪い!
だいたい、私にはジェンスがいるんだけど!
他の男とべたべたなんてしてたらあの男が黙っている訳ないでしょ!我が家の男性使用人は一通りジェンスと一戦交えているからね。
「レイシーと同じ家にいる男が憎い」という病んだ理由で喧嘩ふっかけるジェンスが悪いんだけどさ。
なんかいつの間にか全員に勝たないと私と結婚できないことになっているらしいわよ。学園入学前にベン爺さんに勝負を挑んで五秒で負けてる姿は見たけど。頑張ってほしいわ。
「彼女は俺の親友であるジェンスロッド・サイタマーの愛してやまない婚約者だ。その彼女を愚弄することは許さない」
アルベルトが厳しい声でニチカを一喝した。
あ、そうか。
ゲームでアルベルトがレイシールを嫌う最大の理由がジェンスの死だった。
今はジェンスは普通に生きているし、私はジェンスの婚約者だ。
親友が大事にしている最愛の婚約者を嫌う理由がアルベルトにはないわけだ。
攻略対象だからって警戒していたけれど、そこまで身構えなくてもいいのかもしれない。
おお。ジェンスが生きているだけでこんなにも世界が変わるとは。本編には登場もしない設定上だけのちょい役のくせに、とんだ重要キャラだったんだな、ジェンスロッド・サイタマー。
「そんなぁ~……アルベルト様……」
ニチカがアルベルトにすがりついて上目遣いで彼を見上げた。だが、アルベルトは冷たい表情のままニチカをふりほどいてさっさと行ってしまった。
ありゃま。ニチカも連れて行ってほしかったわ。
だって。
「アンタ、なんなのよっ!?」
ほら、こうなる。絶対、因縁つけられると思った。
何と言われましても、公爵令嬢ですけども。
「アルベルトは私と結ばれる運命なんだからね!アンタなんかアルベルトに嫌われてるんだから!」
廊下で妄言を吐かないでほしい。
「ふん、まあいいわ。アンタが何をしようと無駄よ!あはははっ!」
耳障りな笑い声を響かせて、ニチカが去っていった。
私はその後ろ姿を見て溜め息を吐いた。
ニチカが自信満々なのは切り札を持っているからだ。ヒノモント王家の血を引くという最大のカード。
それを公表してしまえば、ゲームの通りに周りからかしずかれることになるのだが、しかしこんな序盤でそのカードは切らないだろう。
アルベルト達の卒業パーティー。そこでレイシールの断罪と共に明らかにされる事実であるはずだからだ。
アルベルトがレイシールを断罪し、ニチカを選ぶ。だが、ニチカは自分は平民だからと身を引こうとする。
しかし、その時ニチカの胸元から光りがこぼれる。
ニチカの胸にはヒノモント王家の者だけが持つ、特殊な痣があり、真実の愛に目覚めたとき、その痣は光を放つのだ。
……という設定だった。
どんなに馬鹿馬鹿しい御都合主義でも、王家の血を引くという事実は最大の武器になる。
いかにニチカがアホの子であっても、私は油断はできないのだ。
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