27、取引
人気のない屋上に、一人佇む少年。影のある表情で庭を見下ろしている。
「レオナルド・ヒョーゴン様」
私が呼びかけると、彼は怪訝そうに振り向いた。
「誰だ?」
「失礼いたしました。私はレイシール・ホーカイドと申します」
「ホーカイド……公爵令嬢が俺などに何の用ですか?」
レオナルドは西の陣営に属する伯爵家の次男だ。北の公爵家である我が家とは関わりがないので、いきなり現れた私に戸惑っている。
「単刀直入に申しますわ。私に協力していただきたいんですの」
レオナルドが困惑の表情を浮かべた。
「協力、とは、朗読会のことですか?あいにく、俺は詩など興味はないし、あったとしても協力できません」
「オッサカー様に言われたから、ですよね」
レオナルドがぎろりと睨みつけてきた。
「ご存じなら話は早い。朗読者が集まらなくて苦労しているのでしょうが、他を当たってください」
「いいえ。私がヒョーゴン様にお願いしたいのは、「朗読」ではなく「調停」ですわ」
「調停?」
レオナルドが眉をひそめる。
「つまり、オッサカー様と仲良くなるために間を取り持て、と?」
「そうではありません。オッサカー様がこれ以上の妨害をするようなら、それを私に知らせていただきたいのです」
私がレオナルドにお願いしたいこと。それは「スパイ」だ。今のところ、ガウェイン・オッサカーは自分の陣営の者に朗読者にならないように命じているだけだけど、これ以上何かするつもりならこちらもそれなりの手を打たなければならない。
「レオナルド様の名が表に出ることはありません。何もなければそれでいいのです」
「……何故、俺にそんな頼みを?」
「レオナルド様には、年の離れた姉君がおられたと伺っております」
レオナルドの顔色が変わった。瞳に憤怒の色が踊る。
「……なるほど。北の情報網も侮れないものだな」
レオナルドの姉、レベッカは、三年前にガウェインの叔父であるオッサカー伯爵に無理矢理結婚を迫られ、婚礼の夜に湖に身を投げて行方不明となった。同じ伯爵家でも、相手は四大公爵の弟だ。家の力で圧力をかけられては断ることが出来なかったのだろう。
ヒョードルお兄様は北の次期公爵だ。このくらいの情報は掴んでいる。
「俺の復讐心を利用したいという訳か」
レオナルドが口を歪めて笑った。
「いいだろう。その度胸が気に入った。オッサカーが妙な真似をしようとしたらすぐに教えてやるよ」
「ありがとうございます」
私はにっこり笑ってお礼を言った。
「朗読会なんて興味はなかったが、少しはおもしろくなりそうだ」
「ご期待に添えるようにがんばります」
酷薄な笑みを浮かべるレオナルドに背を向けて、私は屋上を後にした。
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