11、もう一人の凍死要員
春が来たー!
「ええー!炬燵をしまっちゃうんですかお嬢様!」
「だって、暖かくなったら必要ないでしょ。また冬がきたら使うのよ」
私が炬燵をしまおうとすると、アンナが涙目で抗議した。
「だって、炬燵に入っているとすっごく安らぐんですもの。旦那様が司祭様を連れて飛び込んできた時は驚きましたけれど」
確かにあの時は驚いた。
お父様と司祭様がいきなり飛び込んできて炬燵に向かって悪魔祓いを始めたんだもの。
炬燵を壊されそうになったので、必死に説得してなんとかわかってもらったけれど、そのせいでいろいろ秘密でやっていたことも全部バレてしまった。
でも、粘り強く説得して、商売も米食もなんとか認めてもらったわ。
お父様もお母様も、意外と話が通じる人達だったのね。
「お嬢様、春になったら暖かい服は売れませんし、商売はお休みですか?」
「うーん。春夏の間は編みぐるみとか小物とかを作って売ろうと思っているんだけど」
「編みぐるみってなんですか?」
そんなこんなして過ごすうちに瞬く間に時が過ぎ、私が十四歳になった冬のある日、朝食の席で私お手製の半纏を着たお父様がこう言った。
「レイシール。お前に婚約者ができた」
「は……?」
私はぽかん、と口を開けた。
え?アルベルトとの婚約はレイシールが十五歳の時だったはず。なんで一年も早まってるの?
嫌なんですけど。
「レイシールはお米料理が好きですから、東の方ともお話が合うでしょう。喜びなさい」
私お手製の半纏を着たお母様が優雅におにぎりを食べながら微笑む。
「父上。レイシールにはまだそんな話は早いです!」
やっぱり私お手製の半纏を着たお兄様が甘酒をすすりながらお父様に食ってかかる。
十六歳のお兄様は春から中央都の学園に通っているのだけれど、今は冬休みで帰省中だ。実家に戻ってくるや私の編んだセーターに半纏を着て炬燵に潜り込むという残念なイケメンになってしまった。ちなみに、お父様とお母様の部屋、お兄様の部屋、居間、使用人の休憩室に炬燵を設置してある。
「しかし、向こうから是非にという話でな。齢はレイシールの二つ上で、今年入学した学園での成績も優秀で、断る理由はない」
「俺の同級生ですか!どこのどいつだ?学園に戻り次第、速やかに排除してやる!」
おお、お兄様が私の代わりに仕留めてくれるなら万々歳だ。やれやれー、お兄様。アルベルトを叩きのめして……
「サイタマー侯爵家の嫡男だ」
いや、誰?
アルベルト・トキオートはどうしたんだ?
「サイタマーだと!?トキオートの腰巾着がっ……」
サイタマー?
えーと、なんだっけ。誰だっけ。ちょっと待って設定資料集を思い出すから。えーと……
あっ!思い出した!
レイシールにはアルベルトの前に婚約者がいたんだ!
ジェンスロッド・サイタマー!
東の公爵家に仕える侯爵家嫡男で、親が勝手に決めたレイシールとの婚約が不満で、婚約解消を突きつけるために北の領地にやってきて遭難して凍死するはず。
え?馬鹿なの?
思い出した設定に、私は思わず呆れた。
「それに、向こうはレイシールに早く会いたくて、今こっちに向かってきているそうだ。今日の午後にも着くだろう」
おっと、すでに死出の旅に出ていたか。
お父様、それ私に会いたくて来てるんじゃないんです。わざわざ十四歳の女の子に「お前なんか嫌いだ」と面と向かって言いに来て凍死するんですその男。
そういえば、アルベルトがレイシールを嫌う理由の一つがジェンスロッドの死だったのよね。
親友のジェンスロッドがレイシールを訪ねて命を落としたから……って完全な逆恨みじゃねーか。レイシール何も悪くないし。
ということは、このままだとジェンスロッドは凍死コースまっしぐらだ。
「お父様!温暖な東に住む方がここまで無事に辿り着けるとは思えません!誰かを迎えにやってください!」
「おお!そうだな、確かに」
私の訴えを聞いて、お父様はすぐさま人をやり、案の定、雪崩に巻き込まれて埋もれている馬車を発見し御者とアホ婚約者を掘り出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます