第14話 落ち着かない日常
……落ち着かない。彼女の参戦するようになった日常に対する感想がこれだ。
例えば、仕事中にトイレに立つときに廊下で彼女とばったり遭遇する。
「お疲れさまです」
その度、彼女はそんな言葉とともに丁寧に頭を下げてくるから、僕も「お、お疲れさまです」なんて返したりする。そして、その度に
「敬語、使わないで下さい」
と表情に乏しい彼女から苦言を呈される。だから慌てて「お、お疲れ」なんて返してる。
他にも、例えば飲み物を取りにキッチンの冷蔵庫へ向かうと、彼女がソファーで背筋をまっすぐに伸ばして読書していたりする。
「飲み物でしょうか?何か淹れましょうか?」
ソフィアさんは僕の姿に気がつくと、すっと立ち上がり、そうやって声を掛けてくれる。
「い、いや……大丈夫」
「そうですか……」
僕が断ると、彼女は少し残念そうな声を出す。表情はほとんど変わらないものの、がっかりしているのが分かってしまう。だから、3回に1回くらいは、
「や、やっぱりお願いしようかな」
なんて、前言を即座に翻したりする。
「! 承知致しました」
ソフィアさんの表情はやっぱり変わらないものの、今度は少し嬉しそうな声を出す。
極めつけは……
「お風呂ありがとうございました」
お風呂に先に入った彼女は、必ず僕にそう声を掛けてくれる。部屋にいればノックとともに僕の部屋に入ってくる。ちなみにお風呂の順序についても一悶着あったが、僕が固辞した結果、ソフィアさんが先に入ることになった次第である。
「あ、ああ。ありがとう」
美しい銀髪が湿り気を帯びきらめく。加えて頬は上気して赤みを伴っており、白い肌とのコントラストが艶やかだ。ソフィアさんは、はっきり言って相当な美人だ。人形のように整っている、といえば伝わるだろうか。
つまり……そんな姿は目に毒というわけだ。彼女のそんな格好を見る度に、僕の心臓は高鳴ってしまう。これについてはどんなに時間が経っても慣れる気がしない。
◇◇◇
そんな数日を過ごし、再び夕食。「何か食べたいものはあります?」というパスがソフィアさんから飛んできたので、一瞬迷いつつ「野菜がたくさん食べられる料理が良いです」と返しておいた。
さて、何が出るかと思えばタコライスだった。本当に色々なレパートリーを持っていらっしゃる。トマト、鶏肉、レタスに卵と色鮮やかな食事に舌鼓を打っているところにソフィアさんが話しかけてくる。
「ところで、明日はどうしましょう?どこから買い物に行きましょうか?」
「……?」
はて、なんの話だったか。彼女に必要なものを買うという話はしていたけれど……彼女にお金を渡して好きなものを買ってきてもらうつもりだった。雇い主代理である僕が近くにいたら、彼女も遠慮してしまうだろうし。
そんな事を考えて、つい僕は首をひねってしまう。
「……えっ?」
彼女の口から声が漏れるのと同時に、見る見る彼女の顔は曇りその眉は下がっていく。いつものクールフェイスはどこへやら……目の端にうっすら涙すら浮んでいるのを発見し、僕は大慌てで言葉を返す。
「うわぁ!いやいやいや、大丈夫覚えているから!」
「ほ、ほんと?」
唇をぐっと噛みつつ、鼻をすすって涙をこぼさないようにしているその姿は年齢よりも子供っぽく見えた。
「え、えーと……ソフィアさんの生活に必要なものを探しに行くんだよね?」
「は、はい……だから、一緒にと……」
え、あ、そうなのか。彼女は僕と一緒に行くつもりだったようだ。それ自体は光栄だが、僕は別の意味でどきどきでそれどころじゃなかった。流石に急に泣きそうになるとは思わないから、完全なる不意打ちだった。
「うんうんうん!もちろん、一緒に行くよ!荷物持ちくらいならいくらでもするからさ!」
「よ、よかった……」
彼女は、まるでポーカーフェイスを忘れたかのように子供っぽく笑う。平常時の美しさとは異なる、可愛らしさ。それを見て、僕は今度こそ普通にどきどきした。
◇◇◇
「……」
夜、みつみの部屋にスーツケースが広げられている。ソフィアやみつみならその中に入れてしまいそうな大きさだが、中には色々な洋服が収まっている。ほとんどは白、黒、紺という落ち着いた色合いのものばかりのようである。
そして、それを穴が空くほど真剣な様子で見つめる少女――ソフィアがいた。
「これ……かな?いやでも、こっちの方が進乃介さんの好みかもだし……」
服を出しては仕舞い、出しては仕舞い。もう2時間以上そんなことをやっている。そろそろ日をまたぎそうな頃合いなのだが……
「あ、でもこの組み合わせの方がいいかなぁ」
彼女の夜は、まだもう少し続きそうだ。
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