第12話 新しい朝

柔らかな日差しを感じ、僕はゆっくりと瞼を開ける。その瞬間にまず僕が思ったことは、『僕の部屋はこんなに光量があっただろうか?』というものである。しかし、そんな疑問も昨晩の出来事を思い出すとともに氷解した。

『そういえば、そうだった』

僕の部屋はソフィアさんに譲り、僕はソファーで床についたのだ。ソファーなのに床というのもおかしいが、寝起きなのだからこれくらい誤差だ。

僕はゆっくりと身体を起こし、自分の身体の具合を確かめる。幸いにして、どこか痛めているということもなさそうで、意外としっかり眠れたようだ。

ここでキッチンの方から水を流す音が耳に入ってきた。

『そういえば、そうだよね』

そんなことを思いながら音のする方に目をやると、予想と寸分違わずに彼女がいた。白金の髪をゆるくまとめて、しっかりとメイド服で身を包んだ彼女は、キッチンの流し台をスポンジでこすっている。僕と姉さんだけの生活だったら絶対に見かけない朝の光景に、新鮮な気持ちでしばし僕はそれを眺めていた。

「……あっ」

水に濡れる彼女の細長い指に気を取られていたが、ソフィアさんは僕が起きたことに気がつき、わずかに声をあげる。

「おはよう、ソフィアさん」

彼女が挨拶する前に、先んじて声を出す。ほとんど反射的なものだったが、一方で中々に不思議な気持ちになっていた。ただの契約相手だったメイドさんとこういう状況になるとはね。

「おはようございます、進乃介様」

彼女は蛇口をひねってから、丁寧に僕に頭を下げる。きれいなつむじと少しばかりのうなじが特に理由もなく目に入ってくる。

正直、今の状況を十分に理解できているとは言えない。ここ最近、僕は色々と流されすぎている気がしてならないというのも理由の一つだろう。しかし、それでもなんとか飲み込んで、この新しい朝を迎えようと思う。


時間はまだ朝7時。始業時間まで一時間以上もある。携帯を見てみると、みつみ姉さんからメールが入っていた。あちらには無事に着いたようで、今日の17時頃に電話をくれるようだ。

「……というわけなので、今後どういう感じになるかは姉さんとの電話次第ということでお願い」

僕たちは朝食の席で互いに向き合ってパンをかじっている。普段食べているものと同じはずなのだが、彼女に作ってもらったというだけで美味しさが増しているような気がする。

「承知致しました。それまではいつもどおりに職務を全う致します」

「お願いね。ああ、でもやることがないときは普通にソファーとかでゆっくりテレビ見たり、本を読んだりしていいからね」

「ご配慮痛み入ります。ありがたく、そのようにさせて頂きます」

彼女の口調はとても恭しく、慇懃だ。しかし、食パンをかじりながらのその言葉だと何とも可愛らしく、まるで必死に背伸びしようとしている子供のようにしか見えなかった。


「じゃあ、僕はそろそろ仕事を始めるので、後は適当にお願いします。一応倉庫部屋の方を綺麗にしてもらえると助かるかな」

彼女がここに住むのかはみつみ姉さんとの会合しだい、先程はそう言ったが……正直、この後どうなるかは察しがついていた。したがって、僕はその直感に従い、彼女には倉庫部屋――ソフィアさんの部屋になるであろうそこの掃除を第一にお願いしたわけである。

「かしこまりました……お仕事、頑張って下さい」

無表情な彼女の暖かなエール。とても新鮮なそんな言葉だけで、僕も一日頑張れるような気がした。

少しだけ、ノートパソコンの電源を押すのが軽いような気がして、『僕もちょろいな』なんて思ってしまった。

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