第11話 勝者は二人

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、それは、その無理です! でも嫌とか気持ち悪いとか嫌悪感とかそういうのは全然ないんですけど、でもあのその、とにかく無理です!」

ものすごい早口で全力で拒絶された。

「……」

え、普通にショックなんですけど。僕臭いのか?加齢臭?

「ああっ! 違います、違うんです!」

僕がショックを受けている態度をあからさまに出しているので、流石に彼女はフォローに入る。

しかし、今までの毅然とした態度がどこにいったのか、顔を真赤にして拒絶しているその姿は年相応の普通の女の子に見えた。

「気遣わなくても大丈夫……」

「ああ、もうっ! 分かりましたっ、使います、ありがたく使わせて頂きますからっ!」

「えっ、無理しないでも……」

「無理なんてしてないですからっ、じゃあそういうことでお願いしますねっ」

ソフィアさんはそのままばたばたしながら出ていってしまう。

「……まあいっか」

もう疲れ切っていた僕は考えるのを止めた。


「それじゃあ、僕はもう眠りますので」

「はい、お休みなさいませ」

お風呂に入ってすっかり落ち着いたのか、もう毅然とした態度に戻っている。彼女のお風呂上がりの火照った姿は中々目のやりどころに困る。

ちなみに、流石にメイド服ではなく、着心地の良さそうな薄緑色の寝間着になっている。美しく、癖のない金色の髪がまっすぐに地面に向かっているだけなのに、とても絵になる。姉も女性なのだが、家族と他人では全然違うというのは当たり前のことだ。

彼女は丁寧に頭を下げると僕の部屋の中に消えていく。なお、僕の仕事資料関係は全てデジタル化しているので、PCだけ鞄に入れてリビングに移動させれば問題ない。

「よいしょっと」

ソファーにゴロンと横になる。大学生の頃、友人の家に宿泊した際に良くソファーを借りていたことを思い出し、ちょっとだけ懐かしかった。

「姉さんからは……連絡なしだよなあ」

流石にもう飛行機は降りているだろうが、回線の関係とかでまだ連絡が取れないのかもしれない。心配心がむくむくと湧き上がるのは捨てることができないが、僕にできることは何もないのだ。

そのまま携帯をテーブルに置いてあるノートパソコンの横に置き、僕は目をつむる。とにかく今日はバタバタしすぎた。たっぷり昼寝をしたにもかかわらず、すぐに眠気が僕を襲う。

今日の最後に思い出したのは、毅然とした態度を崩してわたわたと慌ていた年相応のソフィアさんの姿だった。


◇◇◇

守実ソフィアは少しだけ後悔する。とっさに嘘をついてしまったことについてだ。

彼女の住んでいる場所なら終バスも終電のどちらも問題ない。つまり、帰ろうと思えばいくらでも帰れたのだ。

「後悔先に立たず。そういうことに……します」

ついてしまったものは仕方ないとばかりに、彼女は電気を消しつつ速やかにベッドに潜り込む。

普段使用しているからだろう、わずかに皺のある薄いブランケットを肩まで引き上げる。

そのまま目をつむって眠るのかと思いきや、彼女は進乃介の枕に顔をうずめ、音を立てないようにしつつ足をばたばたと上下させる。要するに身悶えているのだ。

「に、匂いが……の香りがします……!」

彼女は、肺の中をそれで満たさんとばかりに大きく深呼吸をする。本当にあの毅然としたメイドと同一人物なのかと疑問を持つ人がいるかもしれないが、間違いなく同じ人間だ。

「ふへへへへへ……」

気持ち悪い笑い声を上げているとしても同一人物だ。

進乃介とは違って、彼女が眠りにつくまではもう少し時間がかかりそうだ。


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