第10話 今晩のお布団事情

とにかく落ち着くことが一番大事だ。落ち着け、落ち着け、おちおちおちおちつけ。

「落ち着かねえよ……」

ちらりとドアの方に目を向けても、倉庫部屋に消えていったソフィアさんが戻ってくる気配はない。軽くでも一度眠って何もかもをリセットしたいけれど、何時間も昼寝したからか、衝撃的な展開のせいか全然眠気はない。

「とりあえず、シャツだけ着替えようかな……」

エアコンもつけずソファーで眠りこけていたせいか、軽く寝汗をかいていた。気分を変えるためにも服を変えることにしよう。もうそれくらいしかする気が起きない。


ポケット付きのTシャツから、ゆったりしたデザインのニットポロシャツに変えた。部屋着にしているTシャツも目に入ったが、カッコつけ心がむくむくと生じたので、仕事中にも使用しているものにしてしまった。

部屋から出てくると、ソフィアさんはスーパーの袋からせっせと冷蔵庫に食材を移動させていた。そうか、これからここに住むのであれば作り置きにする必要もないのか、とぼんやり考える。

「あ、手伝うよ」

姉さんが住んでいたころにもこんな光景があった気がして、反射的にそう告げる。しかし、ソフィアさんはこちらを見ることなく、

「いえ、大丈夫です。ご主人さまはどうぞ休んでいて下さいませ」

と告げる。

「あ、はい……」

まあ、彼女も仕事だものね。そう思うものの、少し寂しい気がした。しかし、どこか彼女に対して姉の代わりを求めているのではないかという考えが頭をよぎり、嫌な気持ちになった。あくまで彼女は彼女だ。この後、姉さんと話してどうなるか分からないけど、ちゃんと接するようにしよう。


「今日は茄子の肉はさみ揚げと千切りキャベツ、きゅうりの中華風漬物にお味噌汁です」

「おおー……」

状況が状況でもお腹は空く。よく考えれば朝食以来なにも食べていないのだから当然だ。

「ありがたくいただきます」

「召し上がれ。私もいただきます」

少し前には、姉さんも含めて三人での食事が日常になるかと思いきや、結局二人だ。予想なんて全然当たらないものなのかもしれない。

彼女が食事を作っている間に僕も少しは落ち着いたので、目の前の食事を素直に楽しんだ。茄子はしっかり揚がっており、外側はカリッとしつつも中身は柔らかなままだ。きゅうりもごま油の香りと唐辛子により中華風味でありつつ、お酢のさっぱりした味付けで口直しにちょうどよい。

「ん、美味しいです」

僕がそう呟いたときに、彼女が箸を持ったまま食事に手を付けずこちらをじっと見ていることに気がついた。

「どうかしましたか? 今日のもとても美味しいですよ」

改めて声をかけると彼女ははっとして軽く目を見開くと「いえ、お口に合ったのなら良かったです」と告げてお味噌汁を口に運ぶ。

何か思うところがあったのかもしれないが、僕に思い当たるものはなかった。

頭を占めているのは『お箸を使うブロンドメイド服美少女女子大生って属性詰め込んでいるなあ』とかあまりにもくだらなく、かつ失礼なことだった。


食事時間中は殆どしゃべらず、二人して黙って食べつつテレビを眺めていた。もうすぐこの辺りに大きなショッピングモールができるとかなんとか言っていた。もし出来たら姉さんに何か買って送ってあげるのも良いかもしれない。

食後、せめて食器だけでもと思い下げておいた。彼女が洗い物をしている中、ふと思い出したことがあったので確認しおいた。

「ソフィアさん、多分あの倉庫部屋で眠るんだよね?」

「はい。来客用のお布団があると聞いていますので、それを利用させて頂くつもりです」

そういえばそんなものがあったような気がするが、どこにしまっていたかな?

「えーとどこにあるか分かりました?」

「申し訳ありません、洗い物が終わったら確認致します」

ペコリと綺麗に頭を下げられるが、そんなに丁寧だとむしろ困ってしまう。

「いや、後で僕が確認するよ。入っても大丈夫かな?」

もしかしたら荷物をすでに広げているかもしれないので、念の為確認すると、あっさりと了承をもらえた。むしろ『ご主人さまのお家なのですから私の許可など不要でございます』などと言っているが、無理を言わないで欲しい。


時刻は21時過ぎ。お風呂の準備をしてから少しソファーでゆっくりしていたらあっという間に夜の時間だった。

慌てて倉庫部屋を確認していると、積み上げられたダンボールが結構あり、中々布団を発見することができない。結局ソフィアさんにも手伝って貰って、一時間ほど探索して圧縮袋に入った布団と枕を発見した。しかし、いつ購入したものだったかも思い出せない。ダンボールや冬服を端に寄せれば十二分に布団をひくことができるがちょっと忍びない。

そんなことを考えながらケースから布団を出してみると……

「げ、まじか……」

ちょっと手に持つのも憚れるくらいカビていた。これは廃棄するしかないけど……。

「流石に、これは使えませんね」

彼女も微妙な面持ちをしている。これでお願いします、というほど僕は鬼畜ではない。

「まあ、今日は帰ってもらうしか……」

それ以外に思いつかないのでこのように提案する。

「しかし……えーと、みつみ様からは申し付けられておりますし……その、帰りのバスの問題が……」

「もしかして終電、じゃなくて終バスが……」

「はい……」

ソフィアさんもかなり申し訳無さそうにしている。えー、どうするかなあ……。

「私はソファーで寝ましょうか?」

何気なく彼女はそう提案してくるが、年頃のお嬢さんにそのような真似をさせるのは申し訳無さすぎるというか、僕の良心の呵責がひどい。契約関係にあるとかなんとか言ってもなんでもお願いしてよいというものではない。

「うーん、姉さんの部屋は仕事の資料があるかもしれないから、他の人が入るのは不味いし……あ、そっか」

「何か思いつかれましたか?」

こちらの方にソフィアさんは身を乗り出してくる。いつの間に肩が触れそうなくらいの距離感に彼女がいた事に少しドキリとしてしまう。

「えーっと、僕がソファーで寝るから、もし嫌じゃなければ僕のベッドを使って下さい」

これが可能な最良の提案、と自身を持って言えるまでではないがこれしか思いつかない。

しかし、彼女が硬直しているような気がするが、おじさんの部屋は嫌なのかな。

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