第8話 急展開と急展開
「大事なお話があります」
三人で食事をとった翌日。もりざ……ソフィアさんの作り置きしてくれた八宝菜を丼にして(いわゆる中華丼)夕食としているところで、姉さんが改まって話を投げてきた。
その真剣な雰囲気に気圧されつつ、なんとか僕は返事をする。
「な、なに?」
まさか結婚とか?全然知らなかったけど、まさか姉さんにそんないい人が――
「長期の海外出張に行くことになりました!」
全然違ったけど、結構社会人的にやばいことを言っているので、思わず真顔になってしまう。
「え、まじ?」
「まーじだよー……」
がっくりと肩を落としてみつみ姉さんは食卓に突っ伏す。
「い、いつから行くのさ?」
「来週頭から……しかも半年くらい」
「うっそだろ……!」
あまりに急な話かつかなりの長期出張だ。
「いまやっているプロジェクトの現地責任者をやっていた子が病気になったみたいでね。私に白羽の矢がびゅーん、ってわけ」
「ど、どうするのさ?」
「どうもこうも、行くしかないわけじゃんか」
「そうだけどさ」
所詮、我々は一社会人なのだ。会社の業務命令には従わないといけない。分かってはいるものの、正直姉さんが心配だし、急すぎて頭も心も追いつかない。
「そういうわけだから、家のことはよろしく。まあ、ソフィアちゃんには色々お願いしておくから」
「あ、ああ。こっちのことは気にしないで。なんとでもなるからさ。準備とか何かしら手伝えることは言ってね」
呆然とした僕は何も考えられず、口からポロポロ出てくる言葉を姉さんに送るしかなかった。
ここで姉さんの言うところの『色々』をしっかり確認して置かなかったことを後悔することになるが、それはもう少し先の話。当時の僕としては、何ができるというわけではないのに急な海外出張の話で頭が一杯だったのだ。
「じゃあ、行ってくるからね」
マンションの入口で姉さんを見送る。彼女の胸の高さほどもあるスーツケースを二つも用意しているが、タクシーの運転手さんにお願いしてトランクに入れてもらっている。
「こっちのことはいいから姉さんも気をつけて。無事についたら絶対連絡してね。それが終わっても定期的に電話するから」
「はいはい、それじゃあ」
手を振る姉さんにこちらも振り返す。あまりにあっさりと彼女を乗せたタクシーはあっという間に消えてしまう。
僕はため息を一つついて、自宅に戻るしかなかった。今の時間は昼過ぎ。今日は姉さんを空港まで見送るつもりだったので、一日有給をとっていた。しかし、姉さんが『玄関前まででいいから! 空港で会社の人と合流するから!』と強く主張するので仕方なく諦めたのだ。
やたらに広い4LDKの我が家。姉さんがいなくなったその部屋は、元々よりもずっと広く感じた。
せっかくの有給だが、何もする気が起きないのも仕方ないだろう。正直この一週間かなりばたばたして忙しく、家族の時間を過ごしたかったのでソフィアさんにも来てもらってなかった。今週からまた来てもらう予定と聞いているが、後で確認すればいいか。
僕はリビングのソファーに横になる。まさか防音がしっかりしていることを恨みに思う日が来るとは思わなかった。
「寂しいなあ……」
当然、僕の呟きに返答してくれる人はもういない。
無機質なインターフォンの音で僕は目を覚ます。明るかった室内には夕暮れに伴うオレンジが広がっていた。いつのまに、何時間寝ていたのか、と思い時計の方を見てみると時刻は16時ちょうどを指していた。
ぼんやりしていた僕の耳に、二度目のインターフォンの音が入ってくる。
「まずっ」
慌てて僕は玄関に向かうと、僕が鍵を開ける前に自動的に錠前が開く。
「えっ」
「失礼致します……あ、こんにちは」
ソフィアさんが相変わらずのメイド服で入ってくる。大人である一男性として少し情けないと思うが、一人でいたときの寂寥感が薄れて、少し安心してしまった。
「申し訳ありません。不躾かとも考えましたが、何かあったのかもしれないと思い、みつみさんからお預かりした鍵で開けさせて頂きました」
「ああ、そういうこと。全然大丈夫ですよ」
彼女がこちらに見せている鍵には、みつみ姉さんがつけていたキーホルダーがつけられていたので、彼女の言っていることはそのとおりなのだろう。
「では、改めて失礼致します」
彼女はそう言いながら背後にあった巨大なスーツケースを室内に入れて、扉の鍵を閉める。普段持ってきていた鞄よりも遥かに大きく一体何を持ってきたのかと不思議に思う。
「今日は随分大きい鞄ですね」
彼女の華奢に華奢を重ねたような体躯ではさすがに重かろうと思い、僕が鞄を運ぶことにする。
「お気遣い頂きありがとうございます。まあ、着替えとか色々です」
「ん? どういうこと?」
着替え? メイド服の予備をこっちにも置くのかな。
「ええ、今日からこちらに住まわせて頂くのに必要ですから」
……。
「本日からよろしくお願い致します、ご主人さま」
初めて出会ったときのように両手ロングスカートを持って軽く横に広げて一礼される。
彼女の発言も相まって、この現状はあまりに非現実的だった。
なに、が、起こっている、のかな。
とにかく、僕はスマートフォンを取り出して姉さんに電話を掛けるのだった。まだまだ飛行機の中というのは分かっていたが、それをやめることはできなかった。
それくらい焦っても仕方ないだろう?
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