第5話 二回目のご来訪

「こんばんは。本日もどうぞよろしくお願い致します」

「こんばんは。よろしくお願い致します」

こんな感じで守実さん、二回目の訪問である。

本日の守実さんは真っ白なブラウスにオリーブ色のセーターを着ている。四月のいまにしてはやや肌寒い格好な気もするが、個人差があることなのであまり気にすることでもない。それよりも、きちんと普通の格好で来てくれたようだ。早速、空き室に案内して、着替えるならこちらを使って良い旨を伝える。彼女はお礼とともに迷わずに部屋に入っていく。もしかしたらメイド服は着ないのではないか、と考えていたがそんなことはないようだ。


姉さんと話し合った結果、掃除はごく簡単なものにする代わりに、作り置きを含めて料理をもっとやってもらうこととなった。前回作ってくれた料理に胃袋を掴まれた――もとい、とても美味しかったからである。メールにその旨と予算を伝えておき、レシートを元に精算することとした。もっとも、彼女に一端負担させてしまうことになってしまう仕組みなので、要改善であることは否めない。


ちなみに、16時過ぎ現在、みつみ姉さんはまだ仕事中である。先日言っていたとおり、忙しいらしく本日は残業もするつもりらしい。他方、僕は早めに仕事を開始する代わりに、16時前に業務を終了している。時差出勤システム様々だ。

そういうわけで、今日は僕だけで守実さんの相手をしている次第である。


「あ……お仕事はよろしいのですか?」

メイド服に着替えて部屋から出てきた彼女はダイニングテーブルのところに座っている僕に気づいたようだ。

「ええ、本日の業務は終了していますのでここでのんびりさせてもらっています」

手に持った本を見せる。買ったものの読んでいなかったエッセイである。本当は映画を見たいところだが、彼女の仕事ぶりをチラ見したかったので、業務が見やすいようにダイニングテーブルに居座っているのだ。TVで映画を見ようとするとキッチンに背中を向けることになってしまう。

「なるほど。お邪魔にならないように、可能な範囲で配慮するように致します」

「いえ、お構いなく」

彼女はそう言いながら大きなキャリケースを手を持ってキッチンに入る。おそらくあのキャリケースの中に諸々の食材が入っているのだろう。女性に大量の食材を購入させるのは忍びないが、気にしすぎるとむしろ彼女のプロ意識を軽んじていると捉えられかねない。せめて、お米などの重いものは通販で購入して、彼女に買ってもらうことのないようにしたい。

「念の為ですが、今日お作りする料理はこのように考えております。もし問題がありましたらお申し付け下さい」

てっきりそのまま料理を作るのかと思いきや、そのまま彼女はキッチンから出てきて僕にメモ書きを渡す。掃除を先にしておりますので、と言いながら彼女は倉庫部屋に掃除機を取りにいってしまった。

掃除機が作動する音を聞きながら、貰ったメモを見てみる。そこにはとても几帳面で美しい字が……ということはなく、意外と丸みを帯びた可愛らしい字が並んでいた。まあ、問題は中身である。

見てみると、本日の献立、明日の献立、明後日の献立と丁寧に記載されている。驚いたことに、各日のPFCバランスも記載されていて、野菜多めなところからすると栄養素の方も考えているのかもしれない。僕の苦手なブロッコリーやみつみ姉さんの苦手なレンコンが入っているような料理もなさそうだったので、もちろん文句なんかあるはずもなかった。


「メモ、ありがとうございます。全然問題ないですよ。しかし、ここまでして頂いて……何だか申し訳ないです」

彼女のプロ意識云々、というところも考えたが、素直な気持ちを打ち明ける。こんなにしてもらって流石に大変ではないだろうか。

「いえ、お料理を作るのを任せて頂けるのであればこれくらいのことはさせて下さい」

表情を一切変えず、彼女はさも当然といった感じでそう告げる。

「……わかりました。そういうことでしたら甘えさせて下さい。でも、もし業務量が多いということでしたら、僕にでも姉にでもいつでも言って下さいね」

こういったことは言いにくいかもしれないので、定期的にこちらから水を向けるようにしよう。

「承知致しました。腕によりをかけて作らせて頂きます」

姿勢良く、彼女はこちらに頭を下げる。本当になんというか……隙がない。

「よろしくお願い致します。プレッシャーを掛けたいわけではないのですが、この前のご飯がとっても美味しかったので、正直すごく楽しみしています!」

「そ、そうでしたか……あの、えっと、ありがとうございます」

表情こそあまり変わらなかったが、少し言葉を詰まらせながらそう言う彼女はちょっとだけ恥ずかしそうにしている、ように見えなくもない。うーん、もしかしたら正面から強めに褒めると照れるのかもしれない。

想定していなかったところに、隙があったようである。


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