第6話 おはなししよう
「女性に年齢を聞くのも失礼かもしれませんが、守実さんはいくつなんでしたっけ?」
掃除を終えてキッチンで調理中の守実さんに話しかけてみた。業務中だが料理しながらでも話しかけるくらい構わないだろう。それに、なぜこのような仕事をしているのか(しかもメイド服で!)興味があったのだ。
まずは会話のフックとして年齢から確認してみよう。
「構いませんよ。つい先日21歳になったところです」
守実さんに出会って初めて知ったことだが、美人すぎると年齢が全く読めないのだ。高校生のようにも僕よりも年上にも見える。なので、21歳と聞いても特に驚きはなかった。
「もしかして大学生?」
「はい。大学四年生になったばかりです。このお仕事もアルバイトです」
なるほど。中々特殊なバイトだとは思うが、合う人には合うのかもしれない。
「てっきり専門職?の方だと思っていました。お料理の手際もすごく良いので」
僕がそんな風に話しかけている間も手元は全くよどみがない。今はナスを切り終わってピーマンを洗っているところだ。おそらく献立の中にあったナスとピーマンの味噌炒めを作ろうとしているのだろう。見ているだけでお腹が減ってきた。
「色々な方に教えて頂いてなんとかやっているだけです。進乃介様も少しやればすぐに私と同じくらいできるようになります」
こちらには目を向けず、手元のピーマンのヘタ部分を切り取り、種をさくさくとりながらそう返してくれる。
「いやあ、僕も姉も料理はしますが、どうしても一品で満足できるようなものばかりで。守実さんのように短時間で何品もは作れませんよ」
「進乃介様、千里の道も一歩からですよ」
守実さんは下に置いてあるまな板の方を向いているものの、クスリと笑ったようだった。美人の笑顔は本当に魅力的で、かすかに見えるだけでも少しドキドキしてしまう。
ただ、前回のときから少しだけ気になる部分がある。
「ところで、流石に『様』をつけるのは勘弁してもらえないでしょうか?」
もちろん、僕とみつみ姉さんが彼女の雇主だ。しかし、そうだとしても様付けというのも過度に他人行儀ではないだろうか。
「お嫌でしょうか?」
彼女はフライパンに火をかけようとしていたところだったが、手をとめてこちらを見てくる。可愛らしく小首をかしげてこちらを見てきたので、僕は落ち着かない気持ちになる。
「嫌というか、むず痒くてなんとも落ち着かないですね。普通にさん付けの方が」
「それでは『進乃介さん』と。私のことも、どうぞ『ソフィア』とお呼び下さい」
「……善処します」
僕は彼女から目を逸らしてそういうのが精一杯だった。『別に名前で呼ぶなんて大したことじゃない』と思うものの、正面切ってお願いされると気恥ずかしい。
さて、料理のコツ(ご飯を炊くときにちょっとだけ油を入れてあげる)やら好きな料理(彼女はオムライスらしい)とか話していたが、いよいよ一番聞いて見たかった服装のことを聞いてみたく。
「聞いていいのか分からないんですが」
「敬語はお止め下さい」
しかし、出鼻をくじかれた。ここにきて一番の強い断言口調で彼女はそう要求してくる。
「いや……」
「お止め下さい」
あ、これ聞かないと駄目なやつですね。しかし、もしかしたら雇主と良好な関係を、つまりある程度気さくな関係を築こうとしているのかもしれない。そうだとしたらちょっと嬉しい。特に敬語をあえて使いたいわけでもないので、普通の口調で話すことにしよう。
「聞いていいのか分からないんだけど、なんでメイド服なの? 別に会社に指定されているわけじゃないんでしょ?」
メイド服自体はとても可愛らしいものだとは思うものの、言外に『普通の服装でいいんだよ?』ということを含めるように聞く。
「……」
しかし、ソフィアさんは黙ってしまう。聞いちゃいけないことだったかな、と彼女の雰囲気からそう思ってしまう。もしかして、彼女自身の歴史に基づく何か深い理由が――
「す、好きだからです」
「はい?」
え、なんて?
「メイド服が、好きだからです」
……。
「それなら、仕方ないです、ですね。多分、きっと」
浅い理由とは思わないが、予想外なのは間違いない。なんとも挙動不審な返事をしながら、彼女から目を逸らした。
『好きなら仕方ない』。それ以外に何を言えるのだろうか、誰か教えて欲しい。
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