第4話 色々な結論とかこれからの流れとか
「私自身はメイドだと考えております」
守実さんは厳かにそう告げた後、メイド論をとうとうと語り始める。理由及び具体例を述べるというサイクルをいくつか繰り返すという形で、スライドさえ用意すればそのままプレゼンテーションになりそうだ。正直良くわからない部分も多かったが、その勢いに僕も姉さんもついつい拍手してしまった。
そういうわけで、どうもそういうことで。僕としても本人がそう主張している以上深堀りしても仕方ないと思うので、
ちなみに僕らの住んでいる部屋は4LDKと滅茶苦茶広い。僕と姉それぞれの寝室兼書斎に色々なストックや洋服などを保管しておく倉庫で合計三部屋。一室は完全に空き室という状況だ。実はこの部屋を決める段階では兄妹同然に育った従姉妹(事実、子供の頃から十年以上実家で一緒に生活していた)も同居する予定だったのだ。しかし、いざ引越しという段階で急遽海外赴任が決まってしまったので、同居はキャンセルになったという形だ。
「では、改めて確認させて頂きます」
改めて守実さんが今後の内容について説明する。詳細は省くが二日ごとに来て頂く形ということだ。業務内容は主に料理、掃除、洗濯という家事フルコース。料理に関しては予算内で買い物も行い、作りおきまでしてくれるといういたれりつくせりいこうことなし。
しかし、一点だけ僕らの間に齟齬があることが判明した。
「大丈夫です、ありがとうございます。とりあえず、契約は一ヶ月くらいからということでしたでしょうか?」
「え?」
「うん?」
お互いに顔を見合わせているのは僕と守実さんだ。何か変なことを言ってしまっただろうか。ここまでところどころでしか表情を変えていない彼女だが、あからさまに驚いている様子だ。
「6ヶ月で契約しちゃっているよー」
そういって姉さんは署名済みの契約書を見せてくる。姉の指差す部分を見てみると、確かに『期間 六箇月』と記載されている。
「……なんで?」
なんで相談もせずに、なんで半年などなど様々な疑問が凝縮された『なんで』だった。じろっと姉の方に顔を向けているが、僕の視界の端にはおろおろと僕と姉の顔を交互に見ている守実さんが見えていた。もしかしたら冷静然とした態度は業務用のマスクで私生活での彼女はまた違った性格なのかもしれない。
「料金的に6か月にするのが一番お得だったからね。それに私の仕事が向こう半年くらいは殺人的に忙しくなりそうなんだ、社外秘だからあまり言ってなかったけど」
忙しいからと言われてしまっては正直どうしようもない。心身の健康が一番大事だし、健康の基本は食生活なのは間違いない。ここで色々ごねて僕が家事を全面的に引き受けて、最終的に姉弟で共倒れとなってしまうと本当に洒落にならない。
しかし、こういうことで姉が僕に事前に相談しないというのは非常に珍しい。ぼんやりしている部分もあるが、総合的にみればしっかりしていて頼りがいのある自慢の姉なのだが、相当なリソースを仕事に割いているのかもしれない。
「もう契約しちゃったならいいよ。そんなことよりも、仕事があまりに忙しくなりそうなら、とりあえず愚痴でもなんでもいいからすぐに僕に相談する、ってことだけは絶対に約束して」
真剣な顔をして姉に向かって小指を差し出す。現段階ですでに姉の忙しそうな雰囲気やぶっとんだ状態は伝わっている。これくらいの感じになることはいままでもあったので多少ならいつものこととして片付けられるが、これがしばらく続くというのであれば家族として気になる。
姉は子供のころ病弱で、何度も入退院を繰り返していた。幸いにして命に別状はなく健康に育つことができたものの、当時の僕はお見舞いに行く度に次に来たときにはもう姉はいなくなっているのではないかという不安にいつも襲われていた。だから僕も病室によく泊まらせてもらっていた(お陰で僕たちは病院内でちょっとした有名人になっていた)。それでも帰宅しないといけないときには明日もまた会えますようにという願掛けを込めて指切りをしていた。大人になった今でも、『本当に大事な約束をするときには指切りをする』という習慣に昇華されている。
「うん、わかっているよ。ありがとう、愛しき弟よ」
僕の本気度をみつみ姉さんも十分に理解してくれているのだろう。素直に指切りに応じてくれる。
「こちらこそいつもありがとう。身体にだけは気をつけて、愛しき姉さん」
指切りといっても「指切った!」という掛け声をするわけではなく、単に少しの間お互いの小指と小指で握り合うような形だ。それでも子供の頃に戻ったかのようで心の中では「指切った」というの声が響き、少しの憧憬を感じた。
正直、ちょっと恥ずかしい気もするが姉さんが若干嬉しそうなのでいいだろう。
「……お二方とも、とても、仲が良いのですね」
守実さんが重なり合った僕らの指をじっと見つめながら絞り出すようにそういうのであった。姉さんと僕のどちらからともなく、ばっと指を離す。最近でこそ改善されつつあるが、集中すると周りのことが見えなくなるのは僕の悪い習性だった。今のは家族以外に見せるものじゃない!
「お、おみ、お見苦しいところをお見せしました」
言い訳のしようもないので素直にそう告げると、僕の乏しい人生経験では形容することのできない表情で守実さんは頷く。
「ま、まあそういうわけで、問題ないから前から話しているとおり、ソフィアちゃんには二日おきに来てもらうということでお願いね」
姉さんも恥ずかしいのか少々気まずそうである。姉弟間の心あたたまる交流といえども、僕はもう24歳、姉は25歳なのだから流石に人様に見られていいものではない。
なんとも微妙な雰囲気で今日はお開きとなった。
なお、守実さんが帰宅した後何気なく冷蔵庫を開けると多めに作られた肉じゃがとご飯がしっかり容器に入れて保存してあった。この容器は家のものではないので、守実さんがあの大きなダレスバッグに入れて持ってきていたのだと思う。実に用意周到。おそらく僕らよりも年下であろうにちゃんとしたプロフェッショナル精神を感じられ、僕の中で守実さんの評価が少し上がった。伊達だけでメイド服を着こなしているわけではないのだろう。
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