まめ猫

 今日、職場で仔猫が保護された時、隣の課の安本さんという女性の同僚から猫に関するある話を聞いた。

 保護された仔猫は、黒のハチワレの女の子で、ゲージの中でみゃあ、みゃあと小さく鳴いていた。

仔猫ははぐれた親猫を呼んでいるんだろう。どうやら、野良の親猫とはぐれてしまったらしい。

 一緒にゲージをのぞいていた安本さんは、40代の女性で夫婦二人暮らしと聞いた覚えがあった。

 引き取り手が見つかればいいんですけどねー。うちは賃貸でペットは禁止だし。と話をするでもなく、呟き、ある小さい猫の話を話を始めた。

 安本さんが言うには、まめ猫という猫がいるんだそうだ。ブリーダーが日本猫でも体格の小さい猫を掛け合わせて生産した小さい猫を「まめ猫」というらしい。まめ猫の発祥地は、京都で左京区のブリーダーが始めたらしい。そのブリーダーはとにかく、たくさんまめ猫をこさえたらしいが、十年ほど前に創業者が亡くなり、廃業したらしい。まめ猫もいなくなってしまったらしい。安本さんになぜ、まめ猫にそんなに詳しいのか聞いたけれど、うふふと微笑んだきり教えてくれず終いだった。


 ある冬の日曜日の朝、天気が良かったので、わたしは起きると裏庭に出て長靴に履き替え、畑の野菜の見回りに出た。

 この日は日が昇るころには、まだ、畑のほうれん草の霜が凍っていた。わたしは裏庭のほうれん草や白ゆきかぶを収穫し、たらいの水で泥を落とし、台所に置くと、布団の中の妻を起こさぬよう散歩に出かけることにした。

 この日は雲も少ないし、日差しもあったので山を散歩することにして、少し外れた登山口から瓜生山を登ることにした。

 わたしが入った登山口は、登山道とはっきりと書かれていない。この登山道に入るのは地元の猟友会くらいで、道の横には実際に鹿の罠が仕掛けられていた。


わたしは登山道というより獣道というにふさわしい道を進みながら、キョロキョロと折れた木をみたり、木の根元に生えている名前も知らない白いきのこを見たりしていた。わたしは獣道の脇には川が流れており、川の流れる音に耳をすませ、時折、吹く冷たい風に首をすくませたりして散歩を楽しんでいた。

 わたしが枝に掴まりよう岩の上に立った時だった。

 みゃあみゃあという鳴き声が聞こえてきたのは。

 わたしはこの時、まめ猫のことはすっかり忘れていた。

 わたしは獣道を外れ、鳴き声のする岩陰にそろりそろりと近づいていった。みゃあみゃあという鳴き声はまだ聞こえる。わたしが岩陰をそうっと覗いてみることにした。

 ネズミが、そこにいた。

 いや、ネズミくらいの大きさのハチワレ猫がいたのだ。

 なぜだかわからないが、ああ、これが安本さんが言っていたまめ猫かと合点がいった。

 その刹那、まめ猫はもういなかった。

 まめ猫はいたのか、いないのかもう、誰もしらない。


 




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