小火騒ぎ

 今日は絶望的にツイてねえ。らしい。

 いつも使っている道は人でごった返していた。先日のオリンピックが尾を引いているんだろうか。しょうがねえから他の場所に掃けたら、その道中に雨に降られた。引き返すのもカッ怠いのでそのまま向かったら、練習中に濡れたアスファルトで滑って転んだ。車輪はイカれなかったが、精密機器がただの文鎮になってしまった。溺れたiPhoneが息を引き取るまで、さほど時間はかからなかったという。

 で、むしゃくしゃした気分でストリートを歩いていた。持ち合わせもなく服もびしょ濡れ、おまけに膝には大穴、である。……元々ダメージ加工がなされていたのだから、そこは幸運だったのかもしれないな。

 なんとなくイライラした面持ちで、メトロポリタンな街のショーウインドーの前を歩く。通り抜けた後の交差点から聞こえたクラクションに肩をびくりと震わせる。俺に対して鳴らしたわけじゃないのに、何ビビってんだよ、と思ったら急に恥ずかしくなってしまったので、パーカーのフードを深めに被った。今日のこの運ならば、不審者呼ばわりされてもおかしくないだろう。

 ふと、オレンジ色の灯りに目を惹かれる。ガラス窓の中には、模造品の火が焚かれていた。その店ではキャンプ用品でも売っているのだろうか、緑色のテントが奥に見えた。

 そういえば、と思い出す。つい先日、友人がこんなことを言っていた。

「焚き火の音ってさ、めちゃくちゃ落ち着くんだぜ」

 妙案だ、と思った。AirPodsは右耳に差しっぱなしである。

 ポケットから携帯を出した。

 うんともすんとも言わない。

 一周回って笑えてきて、もう半周回って携帯と背負っていたスケボーをガラスに投げそうになった。つくづく、自分は阿呆だと思う。

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