リフレイン

「ごめんなさい」

 そう、静かに告げた。眼前、よく知っているクラスメイトの顔が、見る見るうちに曇ってゆく。

「ごめんなさい、でも貴方が悪いわけじゃないんです。ただ、」

 言葉を継ぐよりも前に、彼女は涙を零して、ぼそりと「こちらこそごめんなさい」と言った。で、どこか遠くへと駆け出していった。

 僕は溜息をついた。もう、何回、こちらへ背を向けた子に「さよなら」を告げただろう。


 最初の頃はどんな気持ちだったか。それは、忘れていない。


 初めての告白は二年前だった。密かに思い焦がれていた子からだった。

 棚ぼた、というわけではないが、ともかく嬉しかったのだ。その日は眠れなかった。

 その日から後はずっと、薔薇色の日々が続いた。けれど、末永くは続かなかった。夢を見せるだけ見せて、その手に触れるよりも前に彼女は目の前から消えてしまった。些細なすれ違いが、二人の仲を裂いた。始まりも終わりも、彼女が線を引いて、それでお終いだった。帰り道、傍を通り過ぎた救急車のサイレンの音が、今も鼓膜の奥底で響いている。


 それから先、彼女がどうなったのかは知らない。彼女の将来に幸が降ろうと不幸が湧こうと、僕にはどうでもいいことだ。実際、僕が彼女の人生に干渉する気力は、あの日以来僅かたりとも湧いたことがない。

 やがて来るサヨナラがあるなら、一時の幸せも無意味だろう。出会いの最大のリスクは、別れが必ず来ることだ。ならば、避けよう。とんだダメ人間であることは自覚しているが、この判断だけは揺るがない。あの日の呪縛は、長く長く、ひたすらに僕を地面へと釘付けにしている。


 翌月、十一日。

 何度も聞いたフレーズが、また僕の人生の邪魔をしようとする。

「あの、」

 眼前の彼女は何も知らないのだ。だからいつも、話だけは聞いてやることにしている。

「どうしたの」張り付いた作り笑い。

「……あのっ」少し目を伏せていた彼女が此方へ視線を上げる。僕は何も言わない。次の言葉は、もう、火を見るよりも明らかで、それが確実に、着実に心を壊してゆく。

「ずっと好きでした、っつ、付き合ってください」

 次の言葉を探すフリをする、三秒間。

 伝えるのを躊躇うふうを装う、一秒間。

 併せて四秒の間のその後。

 僕はまるで初めてその言葉を発するかのように、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る