in the fridge
ドアを開くと冷気が外に漏れ出した。昨日買った惣菜の残りを引っ張り出して閉じる。で、野菜室の引き出しを引っ張り出す。無理して買った色鮮やかな野菜を使い切れるか怪しい。献立に三秒悩んで、とりあえずモヤシとタマネギだけ取り出した。「食生活には彩りを」そんなコピーに惑わされた自分が馬鹿らしくて笑えてくる。冷凍庫からは先週まとめて炊いた米を詰めたタッパーを。しかしまあ、どうやら減りが少ないようだ。廃棄になる前に食べ切らなくては。
ざく切りにしたタマネギとモヤシを適当な調味料で炒めながら、今日のことを思い出していた。今日も仕事でろくなことがなかった。我儘な先輩に振り回されて、嘘泣きに騙された男共が何故か私に当たり散らす。少し考えれば分かるだろうに、奴らはどうしてなかなか気付くことがない。下心のせいで私が辛い。上手く怒れないし上手く泣けない私になら何を言っても許されるのだろうか。
ふと、涙が目頭に溜まっていた。きっと熱で揮発した化学物質のせいだろう。この涙を私が人目を憚らず流せたら楽だったろうか。そんなふうに思ってしまった。涙が頬を伝いフローリングに落ちてゆく。目を擦っている間に少し焦がしてしまった。そそくさと器に移し替えながら、虚空に頭を下げそうになった自分にまた嫌気が差す。
よそい終えてから、机の上に置きっぱなしにされていたタッパーに気が付く。そういえばレンジに入れた記憶が無かった。そっと真ん中にご飯を置く。数度の電子音の後、箱の中の橙色のランプが灯った。
私もこう出来れば良かったのに、と思った。さっき流した涙を凍らせて、使いたい時にさっと温めて使えたらこんな肩身の狭い思いもしなくて済むんだろう。感じる罪悪感も瞬間冷凍して、腐らせて棄ててしまえば何も苦しまず生きられる。そこまで考えたところで、再び鳴った電子音が私を我に返らせた。あんな恥も外聞も無い女と同じところまで落ちたら、今度こそ私の終わりだ。
レンジの扉を開き、さっき炒めた野菜と一緒に白飯を胃に詰め込む。曰く、精神の不調には週二の運動と適度な食事、らしい。少し塩辛くなったタマネギも焦がしたモヤシも、気にすることなく飲み込んだ。
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