歯には歯を、@生徒会室

「ハァ?」ギザ歯の男が顔を顰める。

「お達しです、上からの」眼鏡の男が静かに告げる。

「ざけんなクソメガネ、俺ァヤクザでもなんでもねえぞ」

「霧江君」

 静止しようとする眼鏡の男を後目に、霧江と呼ばれた男子生徒は足早にその場を立ち去ろうとする。だが眼鏡の男は怯むことなく「商談です、これは」と言い放つ。その言葉に男は頭を掻きながら振り返る。

「なんだ、こないだと同じ額じゃもう動かねえぞクソメガネ」

「御手洗です、クソメガネではなく。

 ……良いでしょう、ではこの間の倍でお願いしても?」

 その言葉に霧江は眉を少し動かす。ひーふーみーよ、と指を動かし、そして舌打ちをした。

「そんだけ積まれちゃ仕方ねェ。今度は何だ? また風紀維持カチコミか?」

「そうですが、前回前々回とはまた勝手が違います。

 今回は霧江君に単独で動いてもらおうかと」

 御手洗のその言葉に霧江は少し嫌そうな顔をした。

「表沙汰に出来ねえことなのか」

「ええ。本件にはある教師が関わっておりまして、あまり大きな動員を起こすと面倒事に発展しかねないとの判断を上が」

「上ってアイツか」

「立市会長です」

「クソ、やるなら自分の手を汚しやがれよ気に入らねェ」

 立市煌たていちこうは彼らの通う高等部の生徒会長である。成績優秀、容姿端麗、絵に書いたような優等生で、生徒人気が高く教師からの信頼も厚い。彼が初めて生徒会長へ就任したのは中等部の頃。中高一貫校である彼らの学校の治安が急速に落ち着き出したのも三年前のその頃だ。本学にてその理由を知るのは一部の生徒会役員と霧江ぐらいのものである。

「会長には会長の考えがあるのでしょう、我々のような平民には分からぬような高尚なお考えが」

 御手洗の言葉に霧江は舌を出す。「お前本当に会長にゾッコンだな。気持ち悪くて吐き気がしやがる」

「彼の一挙手一投足に意味があると考えるのは道理です、事実としてこれまでの一つ一つにも意味が有ったのですから」

 そういうのじゃねえんだなァ、と霧江は溜息をついたが、それ以上深く触れることは無かった。霧江は立ち上がる。

「額面通り振込まれてなかったら、分かってるな」

「これまで不払いだったことは無いでしょう」

「委細は決まり次第連絡しろ、いつものメアド宛で良い」

「仰せつかりました」

 陽の傾いた夕方五時半、教室に射す夕日が壁へ二人の影を色濃く映し出す。ゴミひとつない教室と美しいオレンジの中の、決して綺麗ではない関係。

 しかし霧江は理解している。愛だの恋だの友情だのより、金で紡がれた方がずっとマシで健全な関係を築けると。

 また御手洗は把握している。崇高なる理想の為には必要な汚れがあることを。

 邪を穿つ邪道が、果して真なる平穏を手にするか、はたまた平和とは名ばかりの停滞を生むか、その行く末等、誰も知らぬ。

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