泣キ顔
決壊した。溢れ出した。今の僕は屹度、酷い顔をしている。心配そうに此方を見ている黒髪から目を逸らす。格好悪い、こんな顔を見せたくはなかった。
「大丈夫、か?」
優しい声が降ってくる。その心地好い響きが、僕の心をより揺り動かす。やがて大粒の涙が頬を伝って、重力と共に落ちてゆく。
「だい、じょうぶ」
「そんなふうには見えない」
「うるさい」
力無く、そう零した。彼は何も悪くない。ない筈なのに、本当に心配してくれている筈なのに、強く当たってしまう。もっとも、先程の僕の言葉に覇気など欠片ほども無いが。しかしそんな幼稚な自分が嫌になって、もっと暗く深く沈んでしまった。
と、徐ろに彼の足音が聞こえた。遠ざかって、何かを注ぐような音を立てて、そして良い香りを纏って戻ってきた。振り返って顔を上げると、彼は珈琲を二つ持って佇んでいる。目が合ったときに、彼は右手の紙コップを差し出した。受け取ると、掌に暖かな温度が伝わる。一口飲んで机に珈琲を置くと、彼は隣の椅子に座っていた。縦長のテーブルを囲う六つの椅子のうち、一辺の椅子だけを使って座る僕達は、歪といえば歪な距離感である。顔を合わせずとも話ができるからわざわざそこを選んだのだろうかと思ったが、この男のことだから、たぶん「近い方に座っただけだが」とかなんとか言いそうなものであるし、実際そうである気もする。
「あのさ」彼が再び口を開く。
「なに」小さな声で返す。小さな、というよりはか細い声で。
「言いたくないなら言わなくていい。けどさ。
今更お前がなんと言おうと、俺はそれで幻滅したりなんかはしないよ」
ありがとうよりも先に、嗚咽が来た。詰まった言葉が大気を揺らすことはついに無かったが、それでも彼は微笑んでいた。潤んでぼやけた視界でも、それでも彼の笑顔ははっきりと見て取れるような、そんな気がした。
こんな拙い言葉で、俺は彼の力になれたのだろうか。
上手く紡げず呑み込んだ言葉に、度胸も無くて吐けなかった台詞。上手く出来ていれば、彼は涙なんて流さずにいられたのだろうか。分からない。たらればを並べたって、現実は変わらないし。それで、ただ微笑んでいた。どうすればいいのか分からずに、ただただ。それが彼の心にほんの少しでも光を差せば、とひたすらに祈りながら。
彼はついに何も言わなかったが、此方をちらと向いたときに見せたその泣き顔は、なんというか、……こういう言葉を使うのが正しいのか分からないが、とにかく、ひどく美しかった。それで、俺も何も言えなくなった。
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