卑怯者

 過去に見たような見ていないような、そんな顔ばかりがぼんやりと並んでいた。

 微睡みの中で、私はどうやら死者と向かい合っているらしい。これらは、実際に死んだかは知らないが、己の中で亡き者として扱っている影である。

 その全てが此方に指を向けている。

 我等を忘れた卑怯者だと、我等を見捨てた裏切者だと、我等を愚弄した躻者うつけものだと、そう騒いでいる。そう伝わってくる。今更虚影に言い訳をしてやるでもなし、私は踵を返して歩き始めた。文字通り、後ろ指を指される格好である。だが解している。死人の陰が口走る言葉、それは文字通りの戯言である。生者は左様な事に耳を貸してやるほど暇ではない。そして歩き出す私に、奴等は何も言わない。当然である。死人に口は無い。


 上体を起す。

 やはりというべきか、夢であった。

 夢の意味する処など、私は知ろうとも思わない。

 第一、夢に意味等、有る筈も無い。

 思想妄想の延長線上、記憶と欲望で紡いだ映像。

 所詮は無意識下の仕事、そこに意味を探すのが間違いだ。

 霊的思考より、銃身の手入れの方がよほど有意義だ。

 ベッドから脚を下ろし、立ち上がって伸びをする。

 姿見に映る私の肌は、白い朝日で色を喪っている。

 また少し、肉が削げただろうか。思えば数日、まともな食事を取っていない。ワンルームの隅に転がる瓶の中身が、今の私を動かしているのだから恐ろしい。その瓶を手に取って、錠剤を水で流し込む。

 歯を磨いて髪を梳かしている時に、隈がより暗くなっていることに気付いた。不摂生の極みだな、とドライヤーを片手に思う。

 スーツに袖を通し、懐へと愛銃を忍ばせる。で、とりあえず会社へと向かう。今日は昼にアポイントを済ませて、夜はその足で別のクライアントと会う予定である。

 こういうのを二足の草鞋わらじ、というのだろうか。

 会社員ひと暗殺者ひとごろしを兼業しているのだから強ち間違いでもないだろう、と自分では思っているのだがはてさて。

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