空蝉 -ReArranged ver.-

「逆賊には、私が直々に鉄槌を下す。」

 彼はその言葉に口角を上げた。

「腐り落ちて傾いたあの愚鈍な王に、死してなお付き従おうと言うか」

 怒りで私の腕が震えるのが分かった。

「王を殺した挙句の果てに私共々愚弄するとは、貴様もはや万死では足りんぞ」

 彼はまた笑う。その目は憐れむようであった。暫しの静寂の後、再び彼が口を開く。

「では敢えて聞くが、あの王の治世で、あの王国は幸福であったか?これより先に幸せはあったのか?」

「愚問だ、あるに決まっている。私は、勿論貴様もそのために尽力した」

「だが現実は?塀の外の下民は?貴様は王族の話だけを聞き、光だけを一身に背負ってきたのだろう。くく、哀れな話だ。

 苦しむ民も、王を嫌う声も、お前が耳を傾けていないだけで、そこかしこに広がっていたさ。」

「戯言を」

「そう言ってまた貴様は耳を塞ぐ。だが覚えておけセシル。彼国の闇は、我が一番よく知っている。」

 もはや話し合いの余地はないらしい。私は剣を抜いた。

「マサムネ・ツキハラ。叛逆、王都転覆未遂、国王陛下殺害の罪にて、貴様を、今、此処で斬首に処す。」

 剣を構える。

「生きては帰さん。必ず、必ずだ。」

 彼も愛刀を抜く。

「やはりこうなる運命か。悲しいものよな、セシルよ」

「貴様と話す事など何も無い」

「そう怒るなよ。

 ……全く、陽光と陰翳を二人に切り離したのはこのためだったのかもしれぬな。全く、あの国王クソ野郎も程々に良い仕事をするものだ」

「何をぶつくさと」

「はッ、ただの独り言さ。ただ、貴様が我と少しでも同じ景色を眼に捉えていれば、こんな哀しい同士討ちになることも無かったかも知れぬ、等と思ってな。何、ただの世迷言よ」

「遺言はそれまでか」

 彼は再び笑った。然しながら今度は、少しばかり嬉しさを感じるようなものであった。何故かは分からない。

「我を殺せば貴様が背負うのか、我が、……いや、の闇を。だが、その曇り無き眼ならば或いは、また違う國をも作れるやもしれん」

「何を言っているかさっぱりだな」

「それでいい、我が好敵手よ」

 彼は刀を一振した。

「お前が光となるならば、俺は闇へと成り果てよう。」

 言い終わると共に、彼は此方へと踏み込んでくる。その剣筋に私の剣の鋒を当てる。剣戟にて弾ける火花が、鉄のぶつかる音が、荒野へと響いて消えた。







「王よ」

 その声に気付いて振り返ると、従者がそこにいた。

「もうそんな時間であったか」

 広大な平野を望める窓から目を離し、剣を携える。

「セシル王」

 再び話しかけられる。

「なんだ」

「本当に、これで良かったのですか」

 これで、というのは私が起こしたクーデターのことである。奇しくも、彼の予言じみた独り言の通りとなってしまった。同じ領土で有れども旧国に非ず、ここは私を王とする新たなる國である。

「……後悔は無いか、と言われれば怪しい。私が彼や、私自身が望んだような国を創れるかと言われると、正直自信はない」

「素直ですね」と言われたので、お前だからこんな話が出来るんだ、と腹心の部下に向かって笑いかける。

「だが」と私は続ける。

「今の私は光も闇も知っている。興隆も腐敗も衰退も。

 だから、私達ならば良い国が創れると、私はそう信じている」

「力強いお言葉です」

 従者は満足気な顔をしていた。

「さあ、行きましょう。

 国民は英雄の凱旋を、永く待っておられましたから」

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