空想
「ここに機械があります」「はあ」
呼ばれて飛び出て部屋に入ったら、突然そんなことを言われたので馬鹿みたいな反応をしてしまった。なんというか、配線やらがちらほら剥き出しになっていて、塗装だとかもろくにされていない、「これが機械です」と言われても「はあ」としか言えない、そんな代物が机の上に置かれていた。その後に続ける言葉も思いつかなかったので、とりあえず「すごく機械ですね」という意味の分からない返事を寄越した。その言葉に、彼はとても満足げな顔をした。意味が分からない。珍妙な空気だと思った。目の前に置かれている機械と同じぐらい、部屋に佇む二人は珍妙である。
暫くの沈黙の後、彼が再び口を開いた。「この機械は、これを繋いで使います」そう言って、輪っかのようなものをどこからともなく取り出した。なんというか、致命的に説明が足りない。彼の手に握られた、例えるなら孫悟空の頭に巻いてある
「これを頭に付けて何かを考えると、その言葉やメロディや情景がこの世に送り出されます」「はあ」もう訳が分からない。説明がざっくばらんとしていて何も入ってこない。
「例えば紙を置いてやれば絵か小説、楽器を置いてやれば音楽が出来上がります」「はあ」意味は分かったが今度は理屈が分からない。そして何故かその緊箍児は彼の手に握られたままである。
「ですがこんなものが広がってしまうと世界がつまらなくなってしまうのでこれは壊します」そう言ってもう片方の手にいつの間にか握られていた金槌をその機械に向かって振り下ろした。金属音と共にその機械はへしゃげた。
「はあ」もう呆れてそれ以外言えなくなっていた僕の方へと翻って、彼は今度は緊箍児を差し出した。「あげます」
いや要りませんから、とそれはもう丁寧にお断りした。
暫くの沈黙の後、なんとなくこの静かな狂気に慣れてきたので、「これ、本当に動いたんですか」と訊いた。彼は「それはあなたの人生に必要な情報ですか」と怪訝そうな顔をした。それはまあ要らないですけど気になりはします、と答えたら、彼は私の目の方をしっかりと見てきた。二十代半ばの彼は、顔だけは二枚目のそれであった。それを補って余りあるほどに変人であるので、恋人がいたことはほとんどないのだが。
「ではあなたは、この機械が存在するのを良しとするのですか」「まあそんな機械があったらな、とは思いますけど、あったらあったでつまらないだろうなとも思います」「つまりはそういうことです」「はあ」彼は人の話を何も聞いていないらしい。馬鹿らしくなったので帰ることにした。また来てくださいと言われたので、「次に同じような用で呼んだら腫れるまで殴りますからね」と言い残しておいた。閉じゆく扉の向こうから「楽しみにしています」と聞こえた気がしたので、次はバールのようなものを持参していくつもりでいる。
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