去る一月、
なんともなしに思ったのがいけなかった。
あんなヤツと出会わない人生はどうだったろうとか、もっと僕が強かったらどうなってたんだろうとか、退屈しのぎに夢想したのがまずかったらしい。
初めは楽しかった。もしもの自分を空想するのはなにか映画を見るかのようにワクワクするものだった。
けれどだんだん哀しくなった。あんなふうにと考えたのは今まで幾度となくあったのに、というか変われる機会だって幾らでもあったはずなのに、今も虚弱で弱い僕のまま。友も恋人も頼れる家族もいない空っぽな人生に突き当たった。
そのうち僕はなんで生きているんだろう、とか考え始めた。僕が死んだら誰か悲しんでくれる?泣いてくれる?そう考えたときに、泣きそうな人間の顔が誰一人として浮かばなかった。そんな自分を見て、自分で泣きそうになった。
僕ってなんだろう。ドツボにハマってしまった。抜けられなくなった。その領域は、卑屈で繊細で不格好な硝子細工を抱えたまま踏み入れていい場所ではなかった。案の定、掌は切傷と流れ出た血で真っ赤になった。僕は、卑屈。弱い。誰にも愛されない。愛されていたとしても、その愛情には応えられていない。気付いてすらいない。……いや、そもそもいないのかもしれない。だったら、
ここまで思い至った時点で、僕はもう駄目だった。踏み越えてはいけない白線を、いとも容易く飛び越えてしまった。超えた先は、深い深い霧の中だった。不意に足場がなくなって、そのまま落ちて落ちて落ちて、何も見えなくなった。助けを呼ぼうとしても、名前が出てこない。気付かれる気配もない。所詮そんな人生だったのだ、と、駄作の映画を見たときのように鼻で軽く笑った。
気付いたら、時計が止まっていた。
微睡みに落ちている間に、秒針が足踏みをし始めていたらしい。時を刻むのをやめた針は、三時十五分をずっと指している。今は夕日が部屋の中にまで射している。見た感じ、部屋の中のものは、僕以外動きを失ったらしい。閉め切った窓の外からは何も聞こえない。世界の終わりってこんな感じなのだろうか。人類最後の生き残りになってしまったら、こんな気分で最後を迎えるのだろうか。まあ、生き残りたいとも思わないが、最後の一人になっても僕は困らなさそうだ。
徐ろに立ち上がり、机の上に一枚の紙切れを置いた。筆立てからボールペンを引き出し、書き始めた。
去る一月、僕は死にました。
これまで賜りました雀の涙ほどのご厚情に、これまで殺してきた僕になり代わりまして相応の御礼を申し上げます。
ここまで書いて、筆を置いた。
で、七階の窓から顔を出した。
後は言わずもがなである。
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