チープ・ライブズ
目の前でナイフを構える女の手が震えている。
「これ以上近づかないでッ」
震えてますよ、と伝えると余計に吠える。黒くて上品なドレスを着た、貧相で下品なケダモノ。喧しくて仕方がない。ちょっと右手を振り上げて脅しをかけてみると、女は体を震わせる。面白くて少し笑ってしまった。女は激昴したのか、ハッキリとした声でこう言った。
「あなた、あたしの身体に傷でも付けてみなさいよ、タダじゃ済まないわよ!?」
ほうほう、こりゃ少しお話して差し上げなあかんかな。そう思ったので、とりあえずナイフを下げてみる。女はその動作にすら驚き、落ち着いた後で訝しんだ。まあ、そりゃそうやろな。
「ぴーぴーと、まあぎょーさん喚きますねぇ。確かにあんたの血の価値は高いやろなぁ、俺みたいな下民なんかが触れて、あまつさえ傷なんか付けてええ代物とちゃうわ」
女は動いていない。意図を図りかねているのだろうか、機があれば逃げ出そうとしているのだろうか。まあ、どっちでも構わない。
「けどまあ、あんさん自体の価値はひっくいと思いますのや、俺は」
「なんですって?」
聞き捨てならん、といった感じに食いついてきた。
「いやそりゃそうやろ奥さん、あんたみたいなカス、外面と泡銭で食い繋いどるだけで、ほんまやったら寄ってくる男もおらんやろ」
「馬鹿にするのも大概にしてよ」
「そういうとこ。ほんま、可愛げなんか微塵もあれへんわ。
よーおんねん、あんたみたいな女。見た目と金でなんとかできたせいで中身腐っとる奴な。スカスカな人間性で、外面だけがどんどんようなっていくやんか?そういう女が、俺この世でいっちばん嫌いやねん」
にこやかにそう言ったら、女は顔を真っ赤にしていた。わかりやすいやっちゃ。
「お前みたいな奴にあたしの何が分かるっていうの!?」
「おーおー、落ち着けや。別に俺はあんたのことなんか知らん。血族ゆえの苦労とか、高貴たれっちゅうプレッシャーとか、俺はなんっも推し量れん」
だから、と再びナイフをちらつかせる。
「俺が分かんのは、あんたの罪の量と人間としての軽さや。やから、人様を安易に貶めるん、やめた方がええと思うで。所詮あんたかて、俺やなんやと変わらん、うっすい人生送ってきたんやからさ」
女は顔を紅潮させる。当然だろう。俺は今、この女の人生を真正面から否定したのだから。俺みたいなぺらっぺらの自尊感情とは違って、こういう女はすぐに乗る。ほら、ナイフをこちらに振り回してきた。
ので、受けてやった。
ぐっさりとはいかなかったが、腹部にしっかりとは刺さった。女の顔が、今度はみるみるうちに青ざめていく。
「なんで、避けないのよ、うそ」
おかしくなって笑ってしまった。
「俺なら避けると、そう思たんですかい?自分勝手な御方や。っは、やっぱあんたみたいな人間が一番おもろいわ」
「わざと?あなた、はあ?馬鹿なの、馬鹿じゃないの、頭おかしいの?!」
「んー、まあ、おかしい、ちゃあおかしいわな。けどまあ、あんたもこんぐらいせにゃ、分からんやろ、っと。
手ェ汚さずに人殺してきたお前みたいなカス共は、こんぐらいやっとかんと罪の自覚すらあれへんのや」
と、不意に大笑いしてやったら、女は硬直して怯えて、で、目に涙を浮かべていた。やっぱり、
「これな、依頼やねん。お前を殺してくれ言う声がな、ぎょうさん届いたんやわ。やから殺すねん。
俺かてあんたみたいなカスのために手汚したないねん、ほんまはな。けどな、」
ふらりよろけて、一歩近付き、理解の及ばぬ間に頸動脈を切る。血液が飛び散る。
「どんなヒトやろうとな、命の価値は平等やろ?
やから、あんたみたいなんの命にも、敬意を払って殺すねん。楽に、一撃で、確実に。」
女がよろけて、壁に頭を打ち、崩れ落ちる。血液があたりに飛び散っている。流石に軽くとはいえ刺さった箇所が痛いので、手当だけしてさっさと退散することにした。
にしてもやっぱり、死に際が静かやと、やっぱ顔はええからええ女に見えるもんやねんな。終わり良ければなんとやらっちゅうのは、あながち間違いでもなさそうやわ。
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