─ 雷鳴


あさが来たのだと思った。

目を開けたらふすまが見えるほど明るいので、寝過ごしたと一気に目が冷め飛び起きた。けれどちょっと様子がおかしい。朝日が尖すぎる。やわらかい日差しではなく、ただただ光をあてただけ、稲妻がずっと走っているようなそれにゆきは目がくらんだ。

ごうん、ごうんと地を揺らすような轟音もする。


「え?」


ゆきは聞いたことがあるその音に、窓を見た。目はまだチカチカするけれど、外の様子はよく見えた。鋭い光がすっかりあたりを照らしていたのだ。

向かいの家の旦那さんが慌てて外に出てきたのが見えた。「あ、だんなさ、」ゆきは声をかけようとして、息を呑んだ。

「な、な、なんだ!おめえら!」

「おやあ、みんなねぼすけさんですねえ。こんなに明るいんだからみんな起きてくださいよお」

黒い男たちが、旦那さんを遮ったのだ。5.6人はいるだろう。みなスーツを着て、銃を旦那さんに向けている。明るいからよくわかった。それが鈍く光り、偽物ではないことも。ゆきは息を呑んで身をかがめた。何が起こっているかはわからない。けれど、(みなな……!)妹を守らなくては。

這って行こうとしたそのとき、どおん、と本当に地面が揺れた。音の錯覚じゃない、たしかに揺れがゆきの体制を崩したのだ。

重い何かが降ってきたような振動にゆきはとっさに外を見た。


──機甲兵。


うそだろう。ゆきは目を疑った。機甲兵とは軍が作り上げた最新型人型搭乗兵器の総称だ。鋼鉄でできた人型は甲冑に似ているが、重さは一切感じさせないほど機敏に戦場を駆け回る。全長3.7米(メートル)の鋼鉄、それに見合った重さをしたものが空から降ってきたのだ。

何体もの機甲兵がブーストを吹かせて、地面に着陸する。そのたびに地響きがし、屋根がきしんだ。

(なぜ機甲兵がこんな場所に)

機甲兵は徹甲弾、火炎放射、戦斧などの携行武装を持ち、万能に戦場を駆け巡る。先の大戦はこの兵器が実用に至っていれば勝てたと言われ、政府がいま最も注力している兵器だ。こんな田舎の中の田舎でお目にかかれるものじゃあない。


『我々は外胴怜大尉の命により着任する、特務機関第5部隊である』


一回りほど大きい朱色の機甲兵から声が響いた。若い男の声は周りに反響し、上空に滞在する飛空艇の轟音、機甲兵の駆動音と混ざり合う。けれど不思議と聞き取れたとは男の声が凛と高かったからだ。


『私達はあなた達を保護するために来ました。怯えることはありません」


むりだ。ゆきは呆れ返った。そんなの誰が信じられるというのか!

夜中に突然現れ、上空に何基もの飛空艇を飛ばし、機甲兵を降らせ銃を向ける。侵略、殲滅と言われたほうがまだわかる。


「ああもう、うるさいねえ」

光の中に、ばあさまが進み出た。昼間殴ってきたものと全く同じ面子が後ろに控えている。もう集落のだれもが起きて、ばあさまたちを見守っているだろう。

機甲兵たちの前ではばあさまもちっぽけで、後ろの男たちだって手に持った棒ではどうもならないとわかっている。

「狗がぞろぞろと群れて唸っているじゃないか。うるさくておきちまったよ」

ははは、と笑い声が上がった。飛空艇はどこかに降りたのか静まり返り、機甲兵も待機に入ったため、その声がよく聞こえるようになった。それがいけない。どう聞いたって強がりでしかなかった。


「やっときましたかあ。老人は動きが鈍くていけません。ええ、ほんとうに」


銃を持つスーツの男がやれやれと肩をすくめた。長い髪をかきわけて「隊長。さっさとやりましょうよう」と機甲兵に近づいていく。向かいの旦那はどうしたのだろう。ゆきが恐る恐る窓からのぞくと、地面に、旦那が寝ていた。

(死んでいる)

光で血の色が赤いのだとよくわかった。冷血な旦那だから、血があおいに違いないって奥さんがよく言っていたのに、赤かった。

銃声はきっとあの騒音たちにかき消されたのだ。奥さんの叫び声も。

「保護ねえ。これがかい!」

ばあさまが鼻で笑った。


『部下が失礼を。桐雨、なぜ殺した。大尉に背くつもりか』

「私だっておとなしくしてほしかったんですが、抵抗されたんですよお。隊長、これが暴れたら私だってそりゃ撃ちますよ。私が死んでもいいんですかあ?」

語尾を甘ったるく伸ばしながら桐雨という男が笑った。どこまでも軽薄なそれに集落の男たちが色めき立つ。

『なるほど。ご老人、あなたが長だと見受けます。私達はあなたたちを保護したいのですよ、抵抗されては困ります』

「必要ないね」

『であれば殲滅を』

機甲兵の男が、どこまでも平坦に告げる。物騒な言葉に、ばあさまは一瞬息を呑んだ。だが、もともと豪胆なばあさまだ、すぐにからからと笑い飛ばした。

「馬鹿な飼い主だねえ。あたしたちにアホな喧嘩を売るから狗も吠える。ははは、脳がないんだろう?知ってるよ、化け物部隊」


『大尉への中傷は敵対とみなす』


声ががらりと変わる。殺気立ったそれにばあさまも、みていたゆきも総毛立った。


『殲滅。一切の情けなく、皆殺しだ』


一斉に機甲兵が動き出す。駆動音が鳴り響き、腕をを上げて構えるそれは火焔発射機の尖管だった。

(うそだろう)

ゆきはいまだここにきて、現実を飲み込めていなかった。あまりにも唐突で夢の中にいるような光が理解を拒んだ。だってそうだろう、こんなにもあっけなく、世界が終わるなんて。


ゆきの目の前で、向かいの家が焼かれていく。大きな炎はあっというまに家を取り囲みあかあかとあたりを照らした。ごうごう。赤はどんどんと広がっていく。

悲鳴があちこちで上がった。もう遅い。ゆきはうなだれた。

一軒一軒、機甲兵の焔が丁寧に焼いていくのに、出ていた人はお遊びのようにばらばらと銃で撃たれた。桐雨がけたたましく笑っている。ごうごう、ばばば、ぎゃあぎゃあ!!騒音にまみれた世界に


「にい、にいいいい」


誰よりも大切な声が聞こえた。外、光の中から!

「みななぁ!!!」

なぜ。なぜ、みななが光の中にいるのか!考えるまもなく、ゆきは飛び出した。獣よりも早く、あらん限りの力で駆ける。


みななの目の前には機甲兵がいる。


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