─ ある男の独り言

ひどい人間ってのはいるもんでね、女も捨てて出てっちまってさ、帰ってきたら骨。なんてのはよく聞く話じゃないかおにいさん。そう、そう。珍しくもなんともないよねえ、もう結構前になる戦争がそうさせたのさあ。

でもこいつは違うんだ。その骨も別人の骨、なんとすり替えて女から逃げたって男がいるんだよ。ひどい話だよねえおにいさん。

なんだよ、そんなに邪険にすることないだろお。いいじゃないか場末も場末なバーで身を寄せ合おうよお。

おえええ。キモチワル。

悪い男?いやいや悪くはないよ。ひどいやつだけどね。

そもそも悪ってなんだい?俺たちは何をもって悪とするんだ。ああ、うんそうだよ法律だよ。ほーりつ。そんなものは人間社会を存在させるための紐帯にしかすぎないんだ。自身をほーりつにゆだねてどうすんだい、もうほどけまくってるのはお兄さんだって知ってるだろう?

結局さ、人間の自意識は進化の失敗だったんだ。だってこんなに苦しいんだ。苦しいのにこの世界にまるで意味がないんだ。自意識だけが膨らんで人間が特別だという愚かな幻を作るのならさ、それはもう進化とは呼べない。

何の話だっけ、ああそうそう、子孫を作るのはやめて、仲良く絶滅すべきって話だよ。

俺もさあ、死んでいればよかったのかもねえ。

え?なんだよなんだよお兄さん俺は客だよ。つまみ出さないでよ。お客さんに迷惑ってオレが迷惑だよお。

帰ってっていわれてもさあ、どこに帰れっていうんだい。もうそんなとこどこにもないんだよ。全部ぜーんぶ燃えちゃった。アイツラに燃やされちゃった。なあそうだろお兄さん。帰れないよ、帰れないんだよ。帰りたいよお。

うっうう、追い出さないでよお。

おええええええ。




えっとねえ、本当に申し訳いと思ってるんですよお。

酔っ払いのしたことですから許してやってヒヤシンス。あ、駄目?だめ?そこをなんとか!!ひとこえ!

酔っ払いがさあ、すっごく眠くて気持ち悪くてどっか寝れる場所ないかなーって探してたらちょうど雨風しのげる屋根付きの倉庫があるじゃないですか、そりゃあ寝ますよ。それがちょうど搬入作業をしていた極秘飛空艇でもさ、酔っ払いにはわかんないんですよ。

それで起きたら、てか殴って起こされたら、おっかない兵隊さんに囲まれてるんだからむしろこっちが被害者では?なんで飛んでるんです?てか基地内で作業すればいいじゃないの、なんで普通の港にいるの。

ひいいい!!ごめんなさい!殴らないで!!!暴力反対!!

スパイなわけないじゃないですか!みてこの何もできない顔!こんな情けない顔そうそういないですよ!ほんとに何も知りません!この船も何も知りません!!信じてちょんまげ。


はい。ごめんなさい。

え、そのひと誰ですか?はあ、前のスパイですか。顔わかんないですねえ、いえ物理的に。ぐっちゃぐちゃのミンチ顔に覚えがあったらすごくない?

あのー。なんでハッチ開けてるんですかね。風強いですよ。セットした髪崩れちゃいません?

あ、ああーそんな手を、手をはなししちゃったらその人飛ばされちゃうーーちゃったー。

したはきひさん???あのきひさんです?即死じゃんやだー!!

本当に許してください!落とさないで!笑ってないで!!落とすなっていってんだろ、おい!

祈れ?祈れってあんた


何に祈れっていうんだ。


祈るものなんてとうにないよ。

わかってるだろうに。


もうとっくに、祈りは失われたよ。



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