─ 村にて


まあ、やっぱりこうなるよなあ。とゆきはぼんやりと思った。思考がうまく働かない。ぐわんぐわんと世界が揺れてるようで、ほんとうは揺れているのはゆきの脳だけだった。

殴られた頭が痛い。が、痛いだけですんでるから、まだマシだ。足も手もどこも折れていないのだから、明日はまた学校に通える。明日の教科はなんだったかな。体育は嫌だな、算数だといいな。思考は逃げてふわふわと浮ついた。

「まって、待ってください!いきなり殴るなんてひどすぎない!?」

宇津乃木がゆきにすがりついたが、すぐに棒が降ってきたので飛上って逃げていた。振り下ろされた棒は倒れてるゆきの顔の真横に、鈍い音をたてて叩きつけられた。ゆきと宇津乃木を取り巻く男たちが殺気立つ。

「ちょこまかと逃げるんじゃねえ!」

「逃げるよ!!」

どういうことか宇津乃木はひょいひょいと男たちの武器から逃げ切っていた。座り込んだり反ったり飛び跳ねたりと随分と身軽で、男たちのほうが息を上げるほどだ。

(すごいなあ)

ゆきには逃げるだなんて選択肢はなかった。集落に帰ってきた途端、人々はゆきを正確にはそのとなりの宇津乃木を見て声を上げた。その瞬間だって動けなかったし、そのままばあさまに連れられた男たちの棒をただ受け入れた。だからこうして転がっている。

「そ、そのままにげて」

ゆきのかろうじて吐いた言葉は、「うるせえ!」と足で止められた。蹴られた腹からものが飛び出そうになったがかろうじてこらえた。代わりに血塊がでて、むせてしまった。

「殺すんじゃないよ、ゆきはニエだからね」

ばあさまが言うと、男たちは舌打ちをして下がっていく。けれどもうゆきは意識を保っていられなかった。視界はずっと揺れていて、怒声も遠ざかっていく。ごうんごうん、昼間見た飛空艇をおもいだしていたら、もう、すべてが黒く染まっていく。

「ねえ、このままじゃゆきが死んじゃうって」

「このくらいじゃ私達は死なないよ」

「……だろうね。ねえ取引しないかい。そうだなあ、軍部がさがしているもの、とかどうです?飛空艇じゃまだよねえ」

「てめえやっぱ狗か!」

「いやいや、全く違うちがう!それどころかあなた達と同じ目的ですう。なんたって……」

「信じられるか!」

「証拠を出しな」

「そうだなあ」

宇津乃木は何を出したんだろう。ゆきは見たかったけど、黒がすべてを覆って何もわからなかった。



「ごめん」

土下座をする宇津乃木にゆきは何も言えなかった。まだ血が喉奥にのこってこびりついていたし、頭が回っていた。布団の中から出れそうにもないから、宇津乃木を起こすこともできない。

「顔を上げてください。あなたは客人なんですから」

とゆきのそばにいる母が言っても宇津乃木は額を床につけていた。

「うーーう」

みななが背に登っても何も言わなかった。ただゆきの言葉を待っている。

みななは殴られる前に母に預けていて無事だった。(もっともみななが巻き込まれることになったらゆきもおとなしくしていなかったが)

騒動のなにもわからずただ宇津乃木によっていくみななが愛おしくて仕方ない。ゆきの腫れ上がった頬も宇津乃木の冷や汗も知らないまま笑う。

「みなな、おりなさい」

ゆきの言葉に宇津乃木がビクリと揺れた。けれど頭は上げない。それが己に向けられた言葉じゃないから。

誠実なようで臆病、どちらなのかはわからない。けれどゆきはやっぱりこの人は変える人なのだと強く思った。ばあさまが殺さなかっただけではなく、ゆきが生まれてこの方みなかった客人にもなったのだ。ゆきの家の預かりになったのは宇津乃木の強い希望だと母が言っていた。

「あなたが、ぶじでよかった」

ゆきの言葉に宇津乃木が頭をようやく上げる。ゆきはぎょっとした。

「よ、よがだっああ」

ボロウはかおをぐちゃぐちゃにして泣いていた。それはもう母が引くほどだった。

「っほんどおにごめんねえ!ぼくのぜいでえええ」

「あ、あの、ご飯食べますか?」

母が尋ねると「だべまずううう」と鼻をすする。なんだか力が抜けてしまったが、それは母も同じだったようで呆れたように立ち上がった。みななが母についていくと布団にはゆきと宇津乃木だけが取り残された。いまだったら聞けるかもしれない。


「ここが、目的だったんですか?だからゆきを待っていたんですか?」

「木にぶら下がって!?信じてほしいんだけど、全くの偶然だよ」

宇津乃木は姿勢を崩して頭をかいた。泣いていた名残なんてないほどあっけらかんとしていた。

「目的地なんてものはないし。ここだって来る気はなかったね」

はあーーとふかい、それはそれは深い溜め息をはいた。いままでの詰まった空気を腹から出すそれはちょっとおもしろかった。

「ババアを説得できたのは昔のまあなんとやらで、すっごいめんどくさいことしなくちゃいけなくなったしいー」

「ごめんなさい」

「いいって。でも手伝ってほしいな」

「ゆきにできることなら」

ゆきがうなずくと、宇津乃木はへらっと笑った。

ほんとうはこの情けなくてふざけた雰囲気のある男に、みんな騙されているのかもしれない。

「お母さん美人だねー。ね、ねもしかしていまフリー?」

「父はいませんよ」

「そっかあ!」

こんな集落でもヘラヘラとしていられる宇津乃木はだいぶおかしいなと思いながら、ゆきの意識はまた落ちていく。


(今日は色々あって疲れたな。明日はどんな日になるだろう)

明日を思って寝る日が来るなんて思ってもなかった。



光が、落ちるまでは

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