引退したはずの推しが小説家になったらしい

李月

第1話 突然のお別れ

なんてことないアイドルの引退コンサート。今日限りで"りんにゃ"こと黒永凜はアイドルとしての活動を終え、そのまま芸能界も引退する。


「トモも可哀想だよな。せっかく推しが決まったと思ったらすぐ卒業、それも引退だなんてさ」

「ほんとだよ!こんな仕打ちねぇよなあ」


学校帰り、同じ部活の同期である益山慶太とマックでに寄り道して、今日行われている卒業ライブに見事落選したことへ悪態をつく。

俺、佐藤知亮は数ヶ月前にりんにゃと出会いそのまま転げ落ちるように彼女にハマった。りんにゃはそこまで目立つポジションにいるわけでは無いが、そのグループのファンにりんにゃをどう思うか尋ねれば「りんにゃ?推しではないけど好きだよ」と言われる、所謂誰にでも愛されるタイプのアイドルだ。

そんな彼女を知ったのは慶太の家で無理やり見せられたライブDVDで、センターの隣でとにかくニコニコしていた姿があまりに可愛くて、気がついたら過去に出たブロマイドを集め、ライブ映像をひたすら見漁っていた。そしてある日、彼女の所属するグループが新曲の発売を発表。しかもセンターはりんにゃだと言うからガッツポーズをしようとした次の瞬間、プレスリリースの下に記載された一文に俺は膝から崩れ落ちた。

«なお、この曲の発売を記念したコンサートをもちまして黒永凜は卒業、及び芸能界引退となります。»

嘘だ、そんな、ついこの間出会ったばかりなのに。俺のショックなんか知らない彼女は、新曲のジャケットでひまわりのような笑顔を浮かべていた。


「これからは、普通の女の子として生きていきます!!」

引退コンサートの翌日、動画配信サイトの芸能系チャンネルのいくつかに卒業コンサートの映像がアップされ、俺は机に突っ伏しながらそれを眺める。彼女は涙を浮かべながらドームいっぱいに輝くペンライトに向かって精一杯の笑顔を向け、そのままステージからせり下がっていった。今まで彼女が輝く瞬間は何度も見てきたが、その中でも今日は一番の輝きだ。この輝きを生で見れなかったとか、俺運なさすぎ。あまりの悔しさに、俺はそのまま動画サイトを強制終了させてスマホをポケットに突っ込んだ。

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引退したはずの推しが小説家になったらしい 李月 @Rikki03

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