盗賊団と嘘つき師匠(5)

 三人組が急速に殺気立つ。

 小男は鉤爪を、大男はナックルダスターを取り出して装着した。


「随分とコケにしてくれるじゃねぇか」


 長い爪同士を研ぐように擦りながら小男が凄む。

 構わず師匠は拾った破片やら瓶やらを木箱に収めていく。


「ほれリコル。積んでくれ」


 木箱をリコルに抱えさせると、道に落ちたままの金貨の袋にこぼれた硬貨を収め、剣士の前に差し出した。


「おいてめぇ」

「悪かったな、お客さん。面倒ごとに巻き込んじまって」


 剣士は受け取り、腰に括りながら。


「いや、私の聞き方も性急過ぎた。侘びといってなんだが手を貸してやろうか?」

「おい!」

「いや大丈夫だ。問題ない」

「シカトこいてんじゃねぇぞ!」


 三人組の重心が下がったその刹那、師匠の全身から波動が迸った。


 まるで色のない炎。燃え盛る陽炎。怯ませるほどの圧が周囲に波及する。


「な、なんだぁ!?」


 及び腰になっている三人組の前へ、師匠はつかつかと歩み出た。すっと片腕を天に掲げる。

 リコルの目が輝いていた。こんな師匠の姿をずっと待ち望んでいたのだ。


「カプラム!」


 掛け声とともに掲げた手を地面に付けた。

 三人組が身構える。



 しんと静まったままの時間が流れていく。




 流れていく。




 流れていく――




「って、なんも起きねぇじゃねぇか!」

「ざけんじゃねぇぞ!」


 お手本のようなツッコミを入れた小男に続いて、巨躯が耳障りな声でいきり立つ。

 すぐさま突撃してやるといわんばかりの三人を制するように師匠が言い放った。


「動くな!」


 三人同時にビクッと震える。


「な、なんだよ?」

「それ以上近づいたら死ぬぞ?」

「はぁ?」

「爆発結界を張った。そこからあと数歩でも俺に近づけばドカンだ」

「な、なに言ってやがんだ。そんな魔法聞いたこと」

「この世の全てを知っていると?」

「くっ……」


 歯噛みして黙った小男。だが、その後ろ側で視力でも悪いのか薄目にしながら状況を窺っていた猫背の男が、特に特徴もない声で「あっ!」と素っ頓狂な声を上げた。


「なんだ?」

「兄貴。こいつ、ウソケンですぜ」

「ウソケン?」

「嘘ばっかついてるって、この辺じゃ有名らしいっすよ」

「嘘? ……は、はーん」ニタニタと粘っこい目つきに変わる。「おいオメェら。ガキは上玉だ。それ以外は好きにしな」


 返事代わりだろう。ナックル同士をぶつけ、ナイフをベロベロと舐める。

 師匠の言葉を信じたかったリコルだが、それでも万が一を思うと不安だった。いざという場合に戦えるよう、抱えた木箱を降ろそうとする。


「動くなリコル!」


 師の言葉でピタリと止まる。


「なるほど確かに、俺は嘘つきで通ってるさ。だとしても、この魔力の迸りはどう説明するっていうんだ?」


 全身から発せられている波動の勢いは弱まる気配すらない。


「そ、それは」

「俺は争いは好まん。だが降りかかる火の粉は払う。だからお前たちに選ばせてやると言っているんだ。生き永らえるか、消し炭になるかをな」

「兄貴! ハッタリに決まってますって!」

「そ、そうだな……、ハッタリ」


「はっはっは! お前らの兄貴はなかなか頭が切れるようだな」

「んん?」大男が小首をかしげた。


「そこの兄貴はわかっているようだが、これはリスクの問題だ。俺の結界がハッタリかどうか、それを確かめるための賭け金はなんだい? そう。命さ。もしハッタリでなければ、あんたらは一瞬で燃え尽きる。それだけのリスクに合った見返りが、本当に得られると思うのか? そこの剣士さんは見たところかなりの手練だ。俺の弟子だって全力で逃げる。俺だって邪魔をするしな。簡単に望むものは手に入らん。つまり、結界を越えて得られるのは、せいぜい俺をぶん殴ってスッキリしたって気持ちぐらいなもんだ。――どうだい? これは命を賭けるに値する勝負かね、兄貴?」


 師匠は大胆不敵に笑う。


 大男はさらに首をかしげた。猫背は判断をすべて委ねてしまっているように、小男の方を見つめている。

 憎々しげに低く唸る小男。だがやがて小さく舌打ちをした。


「いくぞ」


 おもむろに踵を返す。

 猫背と大男も後を追っていく。


 三人組の背中が街中に消えたのを確認すると、師匠は「ふぅ」と息を吐いた。

 発していた波動も消える。


「し、し、シショーーー!」


 乱暴に木箱を降ろしてリコルが駆け寄る。

 キラキラどころかギラギラに黄金色の目を光らせて。


「すごい、すごいぞ師匠! 魔法が使えたのか! それにそれに、ばぁーって、ばぁーーーって、何か出てた!」

「あ、ああ……」


 バツが悪そうにポリポリと頬を掻く。


「爆発結界というのは私も初耳だ。あの波動といい。貴様、何者なのだ?」

「いや、まあ、そのぉ……、これなんだよ」


 二人からじっと見つめられた師匠は根負けするように、首飾りに嵌った薄緑色の石をつまみ上げて見せた。

 砕けた破片のように不揃いな面をした菱形の石。端の方に開けられた穴に紐を通して首から掛けられるようにしてある。


「これ、こうするとだな」


 指を弾いて石をコツンと叩く。途端にさっきの波動が発生した。


「おおーーー!」


 今度は石に「ふっ」と息を吹きかける。あっという間に波動は消えてしまう。


「おおおおおー!」

「こういうことなんだよ」

「なるほど。その石に魔力を高める力があるのだな」

「は?」

「ん?」

「ないぞ」

「……どういうことだ?」


 リコルは悪い予感がした。


「いや、どうもこうも。これはただバァーってなる石だぞ。だいたい、爆発結界なんて魔法知らないし、そもそも魔法使えないし」


「本当にハッタリだったのか!?」

「ああ、当然だろ。な、リコル?」


 同意を求められたが、口を半開きで唖然としたまま固まってしまった。

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