盗賊団と嘘つき師匠(6)

 剣士が「くっくっく」と腹を押さえて震えている。


「あっはっはっは! 笑わせてくれる」

「へへ、そらどうも」

「ああ、こんなに笑ったのはいつぐらいぶりだろうか。それだけ冗談がうまいのだ。いっそ道化にでもなったらどうだ?」

 何を言うのだと、リコルは眉根を寄せ頬をぷくっと膨らませながら睨んだ。


「ん?」

「ああ、すまねぇ。俺の弟子なんだ」

「そうか。侮辱と取られてしまったなら詫びよう。お前の師匠に興味をそそられたので、ついな。いったいどうして、見え透いた嘘をつくのか――」


 剣士の雰囲気がいきなり変わる。柄に手を当て、ただならぬ気配を漂わせる。

 ピリピリと肌が痛むような感覚に襲われ、反射的にリコルは身構えた。

 師匠は相変わらずふにゃふにゃとした態度のままだ。


「お、お客さん。なんか気に触っちまったか? だったら謝るからさ」

「私の目はごまかせん。随所に見せた身のこなしといい、かなりの使い手。ただの詐欺師というわけではあるまい?」

「いやいやいや、買いかぶりですよ。まじで、ほんと。逃げるのが得意なだけ」

「そうか。では賭けといこう」

「賭け?」

「今から貴殿の腕を切り落とす。見事避けられたら、手持ちの金はすべてくれてやる」

「よ、避けられなかったら?」

「口先だけで生きるなら、隻腕でも問題あるまい?」


 冗談を言っているようには聞こえない。静かで、芯の通った声。


「やめてくれよ。ほんと、賭け金が腕一本なんて洒落にならないって」

「そこの可愛らしいお弟子さんはどうだ。悪くない賭けだと思うだろう?」


 問われても答えが出てこない。もちろん師匠は強いと信じている。でも、この剣士が師匠よりも強かったり速かったりしたら……。そもそも、お金のために片腕を賭けるなんて、なにか間違っている感じがする。その何かが、なかなか言葉にできなくてもどかしい。


「あんたも聞いてただろ? うちのモットーは戦わずして勝つなんだ。悪いが、その賭けには乗れないよ」

「詐欺師のくせに、金は欲しくないと言うのか」

「ああ要らないね。もうアンタに売るもんは無ぇ。帰ってくれ」

「衛兵に突き出してもいいんだぞ」

「挑発は無駄だよ。賭けには乗らねぇ」


 睨み合ったまま。

 そう長い時間ではなかった。


「そうか。ならば仕方あるまい……」


 リコルの目が捉えることが出来たのは、師匠めがけて切先が水平に近づいていく状況だけ。いつ鞘から抜いたのか、いつ踏み込んだのか、まるで見えなかった。

師匠を守らなくてはと頭に浮かぶよりもずっと速く、白刃が迫っていく。

もう間に合わない。思わず目を瞑ってしまう――


「なんのつもりだ?」

「言っただろ。賭けには乗らねぇ」


 思いの外、落ち着いた会話が聞こえてきて、状況を確かめようと恐る恐る目を開ける。

 剣は師匠の二の腕の袖をぱっくりと開いていたものの、体を切り裂いてはおらず、薄皮一枚だけに触れるようにして止まっていた。


「なるほど。避けようとしなければ賭けは不成立か」剣を鞘に収める。「それとも、最初から見切られていたのかな?」

 先程から発していた圧は消えているが、見極めようとする鋭い視線は変わっていない。

「あんた、言いがかりで人を斬るような輩じゃねぇだろ?」

「ふふ。やはりおかしな奴だ」


 そう言うとマントの下でごそごそと何かを探りだした。やがて何かヒヤッとする物を、まだ状況への理解が追いつかずに呆然としているリコルの手に握らせる。


「おかげで楽しめた。記念に一つ貰っていくよ」

 荷車に近づき、積まれた木箱の中から瓶を一つ抜き取った。そのまま「息災でな」と手を上げて、街中へ消えていく。

 師匠は真顔のまま、じっとその背中を見据えていた。


 リコルは感動に打ち震えながら、

「師匠……、わち全然見えなかったのに、見切ってたのか!? すごい、師匠すごい!」


 だがなぜか、軋んだ金属の音でもしそうなぐらいカクカクしながら、少しずつリコルの方へ振り向いてくる。


「あ、ああああ、当たり前だろ。あれ、あれ、あああれぐらい、み、見切ってたさ」

 顔が白い。ただ単に動けなかっただけのようだ。


 感動して損をしたと、口をへの字に、わかりやすく渋い顔をしてみせる。


「まあ、とにかく一件落着だ。もう疲れたし、さっさと片付けて帰ろう」

「お金は?」

 まだ一クピドも稼げていない。今日の夕飯は我慢できたとしても、明日以降を考えると心配でしかたがない。


「こうゴタゴタが続くってことは商売運が逃げちまってる証拠さ。出直そう」

 師の言葉にしょんぼりしてしまう。これで夕飯と明日の朝食抜きは確実だ。怪しい竜の涙を売るのに賛成はできないが、やはり空腹はこたえる。

とはいえ仕方なし。


 転がっている木箱を拾おうとして、ふと、そう言えば何かを握らされていたなと手を開く。そこには銀貨が五枚。五千クピドだった。


「し、シショー。お、かね。おか、ね……」


 やる気なさげに片付けている師匠に、プルプルと小さく震えながら両の手のひらを皿のようにして見せる。

 久しぶりの大金。リコルには虹のように鮮やかに輝いてみえていた。

 それを見た師匠も同じように震えだす。


「お、おおおおっ。ご、ごごご、五千クピドじゃないか!」

「どどど、どうするシショー? お家賃、お家賃払って、それから、それから野菜と、肉と、肉と、肉と」

「よ、よよよ、よし。肉、まず肉だ。肉を買おう」

「ニクぅ~」

「ニクぅ~」


 二人して目尻を下げに下げ、だらしなく開いた口から涎を垂らす。


「よーし、急いで店じまいだ!」

「おー!」


 二人は打って変わって、テキパキと作業をしだした。元々が簡易にも程があるほどの露店だったので大した作業でもないのだが……。

最後の木箱を積み込もうと抱え上げたときだった。


 リコルはどうもなにか周囲の雰囲気が来たときとは違っているような気がしてぐるりと見回してみた。相変わらず腰掛けで煙草をふかしている隣の店主と目が合ったのだが、すぐさまそっぽを向かれてしまう。他の店にしてもそうだ。こちらを見ないようにしている感じ。ここだけ他とは別の空間になっているのではないかと思ってしまうほど、奇妙な隔絶があるようだった。



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