盗賊団と嘘つき師匠(3)

「へーい、らっしゃいらっしゃい! 一口飲めば元気爆発、拳王じるしの『竜の涙』はいかがっすか~!」


 停めた荷車を背に、重ねた木箱の上に不気味な紫色の液体を満たしたガラス瓶を並べて、師匠が威勢よく通行人に呼びかけをしている。

 リコルは荷車の端にちょこんと座って、冷ややかに目を半開きにしながらその様子を眺めていた。


 どうして拳闘術と無関係の商売でお金を稼ごうとするのか、まったく理解できない。茶色のベストにキャスケット帽、首には薄緑色の石っころが付いたアクセサリー。町人風か商売人風のつもりなんだろうが、全然カッコよくない。そもそも師匠の道着姿を最後に見たのはいつだったろうか。組手でも見せたほうがよっぽど道場のためになるだろうに。

 そんなことを考えながら、ちびちびと琥珀色の甘い粒を齧る。


 王都オプティウスタにいくつか存在する大きな広場はどこも賑わっているのだが、師弟が露天を構えているここははひときわだ。王城へと通じる大通りの途中に造られた円形広場。端から端まで全速力で走りきれる人間はいないと言われるほどに大きい。各方面へと道が伸び、王都のどこからでもここへ迷わずやってこれるようになっている。まさに王都の中心地だ。


 よく整備された石畳。馬車や人々が忙しなく行き交っていく。

 この雑多な人通りを目当てに、様々な露店が軒を連ねている。野菜、肉、武具やら服やら美術品やら、ほとんど害のない低級の魔物まで。所狭しとひしめき合って、せっかくの円形を縦横に仕切ってしまい通りが出来ているほどだ。


 外周に沿って建てられたレンガ造りの三角屋根、その日陰になっている場所に空いていた隙間にしか師弟の紛れ込める場所はなかった。

 隣には日よけを必要以上に垂らした店。正面に立って覗き込みでもしない限りなにが売られているのかもわからない。店の前に腰掛けを置いて、冴えない顔をした無精髭の店主が煙管をふかしている。


 メインの活気ある通りに比べれば限られてはいるが、それでもチラホラと人通りはある。ただ、師匠の呼びかけに応じる素振りはない。

 時折、近づいてきたかと思えば素通りして隣の店に。店主が中に回ると、客は上半身を幕に突っ込んで、何かしらのやり取りの後、膨らんだ麻袋を手にしてそそくさと帰っていく。

 リコルは何の店だか気になって確かめようとしたのだが、師匠に強めに止められてしまった。曰く「一万年早い」だそうだ。


「はぁ……ダメかぁ……」

 師匠ががくりと肩を落とす。


 リコルは内心ホッとしていた。金欠は問題だが、手当たりしだいに雑草やら木の根やらを煮出した自称『竜の涙』が誰かの体内に入るほうがよっぽど問題だ。師匠は「死にはしない」と言うのだが、目は完全に泳いでいた。とはいえ対案もなく、師匠のやる気を削ぐのも申し訳なく思えて、表向き反対できずにいたのだ。


 やれやれ、ちょいと励ましてやろうか。といった風に半分ほど形の残っていた干し果実をポンと口に放り込んだときだった。

 フード付きのマントを被り、その裾から剣の鞘をのぞかせた人物が粗末な商品棚の前で立ち止まった。

 

 目深に被った濃紺のフード。縁に沿って金色の刺繍。足元では白銀の脛当てがのぞいている。


「店主。さきほど竜の涙と聞こえたが?」

 トーンはかなり低くかったが、女性の声に間違いなかった。


「え? あ、ええ! その通り、ここにあるのが正真正銘、死人の魂も立ちどころに呼び戻すと謳われし、竜の涙にございます! どうですおひとつ? お安くしておきますよ?」

「ふむ。いくらだ?」

「ご、五千クピドでございます~」


 リコルが驚いて目をまん丸くする。

 門下生に定めてる月謝が一人三百クピドなのに、五千クピド!? そこらの雑草と木の根を煮込んだだけの汁に!

 さすがに師匠の正気を疑ったが、それはそれで、売れるわけがないかと思いなおす。それならそれで問題ない。


「五千でいいんだな?」

 予想に反して、剣士は腰のあたりをゴソゴソと探り始めてしまう。


 これはいけないとリコルは荷車からぴょんと飛び降りたのだが、少女が止めに入る前に横槍が入ってきた。


「おいおい、あんた他所の国の貴族かなんかか? やめといたほうがいいぜ」

「おいスケベ屋! 商売の邪魔すんじゃねぇ」

「どういうことだ?」


「こいつはな、ここらじゃ『ウソケン』で通ってるホラ吹き野郎なんだよ。ドラゴンを倒して食ったとか、山を一撃でふっとばしたとかな。悪いことは言わねぇよ。そんな胡散臭いもんやめときな」

「ウソケン?」

「嘘つき拳王。こぶしのケンな」


 馬鹿にしたような物言い。

 カチンときたリコルは隣の店主に食ってかかろうとする。しかし、「リコル!」と師匠に制されてしまう。


「へへへ。ま、そういうことです。別に。信じないなら構やしませんよ。どうします?」

「店主はドラゴンを倒したことがあるのか?」


 剣士がまじめに問いかける。

 隣の店主は笑った。


「はっはっは! やめといてやれって剣士さん」

「私はこの店主に問うている!」

 胆力のこもった一言が周囲に響き渡った。視線が一斉に集まって、にわかに喧騒が静まる。


「どうなのだ? 倒したのか?」


 リコルも興味津々だ。


「あ、いや……。倒したわけじゃねぇよ。なんつーか、寿命がきて卵にかえったんだ。パーって光ってよ。そこに居合わせただけだよ」

 頬のあたりを人差し指でポリポリとかきながら言う。


 しばしの間があった後、辺りがドッと笑い出した。「さすがウソケン」「卵って!」「もうちょっとマシな嘘つけよ!」などなど。周囲から野次が飛んでくる。隣の店主も腹を抱えて道に転がっている。


 リコルは悔しくてたまらなかった。

確かに師匠は嘘つきだ。けど絶対に強い。その証拠に、自分の攻撃は一度だって当たったことがない。それに、いつだって優しい。ダメダメなところはあるけど、だからってこんなに馬鹿にされていい人じゃない。

 思い切り叫んで黙らせてやろうと息を大きく吸い込む。


――ドチャリ。

 剣士が腰にさげていた袋を外して木箱の上に置いた。かなりの量の硬貨が入っているようだ。


「ここに五十万クピドは入っている。これでそのドラゴンの話、詳しく聞かせてもらえないだろうか?」


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