第6話 参戦!⑶






「オレ、昔から本当にアホで……オレが全然ルールを覚えられないから、アズさんは怒るし、ノキは困ってるし、カザはイライラしてるし……」


 教室の中、雲居の前の席に座った日和が溜め息混じりに愚痴のような自虐をこぼす。ルールブックにせっせとかなを振りながら、雲居は日和の悩みを聞いていた。自分で撒いた種だが、なんだか妙な状況だ。


「いいじゃん、焦らなくても。ルールなんてそのうち嫌でも覚えられるよ」


 スポーツのルールなんて毎日やってりゃ自然に覚えるものだろう。雲居は心からそう思って言ったのだが、日和は激しく頭を振って雲居の言葉を否定した。


「無理だ! お前はオレのアホさを知らないからそんなことが言えるんだ!」


 ここまで真剣に自分をアホだと言い張れるのは実はすごいことなのかもしれないと雲居は思った。

 思わず言葉を無くして手だけを動かしていると、日和ははーっと深い溜め息を吐いてぼやくような声で言った。


「……やっぱり、オレには野球は無理なのかな……」


 日和の脳裏に幼なじみに言われた台詞が甦る。

 誰よりも自分を理解してくれている幼なじみは、日和が野球をやることを非常に心配していた。やはり彼の言うことを聞いておくべきだったのか。


「やっぱり……退部した方がいいのかな……」


 憂鬱に思い悩むと、その答えしか出てこない。

 そうすれば、野分達三人はもっと練習に集中できるだろう。


「でも、お前が辞めたら人数が減っちまうだろ」

「……」


 日和は沈黙した。

 雲居の言う通り、日和が辞めれば野球部発足は遠のいてしまう。野分は困るだろう。

 だが、それは人数が足りなくなるためであって、日和がいないから困るという訳ではない。人数さえ揃ってしまえば、野分は日和のことなどどうでもよくなるだろう。

 しゅんとする日和に、雲居は重ねて尋ねる。


「そもそも、そんなに自信がないのに、なんで野球部に入ろうと思ったんだよ」


 日和は俯けていた顔を上げた。


「それは……ノキが俺のバッティングがすごいって言ってくれて……」


 入学式の日、野分は初対面の日和に「キミは才能がある。一緒に甲子園を目指そう」と言ってくれた。

 誰かにそんな風に言われたのは初めてだった。

 未知の体験に日和なりに動揺して、その場で自分がアホだと説明して入部を断るのを忘れてしまった。

 翌日、改めて断りにいった時も、野分は日和のアホさに驚きつつも「一緒に甲子園を目指そう」という言葉を変えなかった。

 その熱意に圧されて、日和は入部を決めたのだ。



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