第6話 参戦!⑵






「おい、野分」


 ぎゃーぎゃー騒ぐ三人の元に、最後の野球部員が現れて呆れた表情を隠しもせずに相方を呼ぶ。


「いつまでも霧原に構ってたら日が暮れちまうぞ。球場に行く前に持っていく道具確認しろよ」

「あ、うん。ごめん霧原くん。俺、ちょっと行ってくるね」

「俺はグラウンド走ってくるからな! テメェはルールブック熟読しておけよ!」


 同級生二人が旧校舎内の部室に向かい、先輩がグラウンドに去ってしまい、一人になった一年生は大人しくルールブックを取り出して読み始める。


『野球は1チーム九人で二つのチームが交互に攻撃と守備を行い、点を競うスポーツです。』


 子供用のルールブックの一ページ目には実に簡単な説明がイラストと共に載っている。日和はそれを口に出して読み始めた。


「やきゅうは、いっちーむきゅうにんでふたつのちーむが……に、……と、まも……?を……い、てんを……、う すぽーつです」

「読めないのかよっ!?」


 思いがけず披露された高校生とは思えない国語能力に、雲居は思わず窓を開けて大声で突っ込んだ。

 しまったと思った時にはすでに遅く、ゆっくりと振り向いた日和とばっちり目が合ってしまった。

 雲居は冷や汗が背中を伝うのを感じた。日和は見たところ雲居より小柄で大人しそうな少年だが、仮にも運動部所属である。喧嘩になったらガリ勉眼鏡の雲居に勝ち目はない。


「あ……いや、その……」


 慌てて弁明しようとするが、その前に日和が肩を落として呟いた。


「悪い……オレ、アホだから……」


 がっくりと俯いてしまった日和を見て、雲居はさっきとは違う意味で慌てた。

 しょんぼりして小さくなった日和はまるで小動物のようで、落ち込ませてしまったという罪悪感が否応なしに高まる。

 クラスメイトは先程教室を出て行ってしまったし、野球部の連中が戻ってくる気配もない。

 この場にいるのは雲居と日和だけだ。落ち込ませたのが自分であるからには、慰める義務がある。

 しかし、どう慰めればいいのだろう。「気にすんな!」で済ませられるレベルの読語力ではなかったし、同級生とはいえ良く知らない相手に適当な褒め言葉も使えない。


「えーと……」


 追い詰められた雲居は苦し紛れに叫んだ。


「そうだ! その本、貸せよ! 読めない漢字にふりがな振ってやるよ!」


 日和は顔を上げて雲居を見ると、目をぱちくりさせた。



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