第5話 ロマンスは突然に⑵
「あ、あの〜」
聞き慣れない声に、四人とも一斉に声の主に集中した。
「あ? なんだお前」
そこに立っていたのは、ジャージ姿の小柄な生徒だった。着ているジャージは天木田のものではないので、どこかの部活のユニフォームなのかもしれない。
肩につくぐらいの茶髪をゆるく一つに結わえている。
「その、野球部を創ろうとしてるって聞いて……」
入学からこっち、野分は派手に部員勧誘をしていたため、野球部の噂が流れたのだろう。
緊張しているのか、どこかおどおどしながら話すその生徒に、野分が色めき立つ。
「もしかして入部希望者?」
「ち、違うんだ!」
慌てて否定し顔の前で手を振る生徒は、「ただ……」と遠慮がちに用件を告げた。
「う……ごほっ、埃くさー」
突然、現れた生徒に案内され、旧校舎の一室に足を踏み入れた野分達は、足元に無造作に転がる道具類が被った埃に思わず息を止めた。
旧校舎に入ったのは初めてだ。取り壊されずに残っている校舎内には、昔の物が処分されずに放置されていたらしい。
「ほら、これ」
にっこりした生徒が足元に転がる物の中からヘルメットを拾い上げて、簡単に埃を払って野分に手渡した。
「これは」
「昔の野球部が使っていた道具だよ。綺麗にすれば使えると思う」
言われて足元をよく見れば、埃は被っているものの、確かにバットやボールが転がっている。よくよく見れば壁や立ち並ぶ壊れたロッカーなどに「目指せ甲子園」と書かれた半紙や一日のスケジュールが貼ってある。どうやら昔の野球部の部室らしい。
「それと、場所は学校から少し離れてるけど、昔の市営球場だった空き地があって、手入れをすれば使えると思う。
部に昇格したら使用許可取ってくれるように学校に掛け合ってみればいいんじゃないかな」
「へえ! 詳しいね」
「あの、昔の野球部に兄貴がいて……」
野分が感心してみせると、親切な生徒は顔を赤らめてぽりぽり頭を掻いた。なるほど、兄が天木田の野球部に在籍していたため、部室の場所などを知っていたのかとみんな納得した。
「なるほど、つまり兄の意志を継いで是非野球部に!」
「勝手に決めんな」
どさくさに紛れて入部させようとする野分に晴が突っ込んだ。
「いや、無理だよ。天木田の生徒じゃないし」
「そうなの?」
慌ててぶんぶん手を振る生徒に、野分が目を丸くする。
ということは、他校生であるにも関わらず、天木田に野球部が出来たという噂を聞きつけてわざわざやって来てくれたということになる。随分と親切なものだ。
「他校生なら入部は無理だね。なーんだ……」
「ご、ごめんね」
思わずがっかりする野分に、何も悪くないのに謝る他校生。
「いや、でもわざわざ来てくれてありがとう! すっごく助かったよ!」
野分は気を取り直して明るく礼を言った。
他校生なのにわざわざ教えに来てくれただけでも大感謝するべきだろう。おかげで練習場所の問題に光が差した。
野分は満面の笑顔で他校生の手をぎゅっと握って顔を覗き込んだ。
「もしよかったら、いつでも遊びに来てね!」
至近距離で花咲くような笑顔を見せられた他校生の顔が、真っ赤に染まった。きゅ〜ん、という効果音が聞こえてきそうな気がする。
晴はなんとなく嫌な予感がして眉を曇らせた。
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