第5話 ロマンスは突然に⑴






あずま 泰風やすかぜ。二年だ」


 ぶっきらぼうに名乗る雷に、野分は目を丸くする。


「えー、先輩だったんだ。野球経験はなしですね」


 勢いのまま旧校舎の裏で新たなメンバーとなった雷に銘々の自己紹介を済ませ、野分はとりあえず野球に関する雷の知識を尋ねる。


「打ったら点が入る。細かいことは知らん」


 そう言う雷はどうやら野球はテレビ中継で目にする程度らしい。


「まあ、まかせとけ。ばんばんホームラン打ってお前らを甲子園に連れてってやるぜ。四番はイタダキだな!」

「うーん。それは人が集まってからでないとなんとも……」


 自信満々の雷には悪いが、四人では野球が出来ない。野分は情けなく眉を下げ、辺りを見回した。

 でこぼこした硬い土の地面。あちこちに転がる石。はびこる雑草。崩れた煉瓦が主張する園芸部の名残。その花壇の残骸はよく見ると土の中に不良が残していったタバコの吸い殻が混じっている。

 とても野球の出来る環境ではない。


「最低でも、あと一人いないと部活申請もできないし……」

「場所も道具もないしな」


 野分の言葉を晴が補足する。


「あ、もしもし、かい? うん、元気。今ね、新しい仲間が増えたとこ。えっと「明日、流行る風邪」さんっていう二年の人」


 恒例の幼なじみからの電話に、本当にそれが人名だと思っているのかと問いただしたくなる聞き間違いを披露する日和。


「あーもう……グラウンドを明け渡すようにサッカー部とアメフト部を脅してくるぜ」


 とりあえず練習できる場所を確保するのが先決とばかりに手っ取り早い方法に訴えようとする雷。野分は慌ててそれを止める。


「だめーっ! そんなんしたら部になる前に廃部になるよっ!」


 腰にしがみついて訴える野分に、それもそうかと雷は思いとどまる。もちろん、脅すは言葉の綾で、ちょっと強引にお願いをするだけのつもりだったが。

 そんならどうすんだよ、と口を尖らせる雷に、その腰にしがみついた野分をさりげなく引き剥がしながら晴が言う。


「あいにく、場所も部員も足りてねぇんだ。まともに部活なんか出来ねぇよ。せいぜい基礎練と体力づくり、霧原への野球教室ぐらいだな」

「ちっ……せっかくやる気になったっつーのに……」


 頭をがしがし掻きながらぼやく雷。その様子を見てしゅんとする野分。


(せっかく部員が増えたのに……何も出来ないだなんて……)


 部員勧誘も急務だが、練習場所の確保も同時に行わなければならない。たとえ九人揃っても、練習できる場所がなくては何も出来ない。

 天木田の校庭は他の部で埋まってしまっている。今からあそこに食い込むのは難しいだろう。とすると、他の場所を探さなくてはならない。


 とはいえ、広くて思いっきり走ったり投げたり打ったり出来る上に、この学校から通える場所などあるだろうか。


 頭を悩ませながら肩を落とす野分だったが、その時、背後からか細い声が遠慮がちに掛けられた。



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