第3話 大海原高校の憂鬱⑷
「もしもし、日和? 生きてるか?」
入学二日目の高校生に対して適切とは言えない第一声だが、天木田高校の中庭で着信を受けた日和はごく普通に返事をした。
「あ、かい。うん、大丈夫。そうだ! オレ、部活に入ったんだ」
「何!?」
明るい声で告げられた入部宣言に、雁部は顔色を変えた。
「誰に騙されて入部届にサインさせられたんだ!?」
「騙されたこと前提かよ」
横で聞いてきた大西が思わず突っ込むが、雁部は日和との会話に夢中で聞こえていないらしい。
「何部だ!?」
「かいと同じ」
「野球だと!? お前には無理だ! ルールを覚える前に人生が終わるぞっ!!」
だから、どれだけアホなんだよ。
雁部のあまりにも大袈裟な決めつけに、大西と船澤は呆れて肩を落とした。
「誰がお前を唆しやがったんだ?」
投球練習の時には顔色一つ変えずに落ち着き払っていた雁部が、今は目を血走らせて殺気立っている。
誰かが大事な幼なじみを唆して無理矢理入部させたと完全に決めてかかっているようだ。もしも、そいつが目の前にいたら今にも掴みかからんばかりなのだが、電話越しの日和はのほほんと答える。
「えっと、かいと同じピーピークッションの人」
「ピッチャーポジションの人な! そいつを出せ!」
さすがに長い付き合いだけあって、日和の言い間違いには些かも動揺しない。
日和は言われた通りに野分に携帯を渡した。
「もしもし、初めまして……」
「うちの日和にちょっかいを出さんでもらおう」
開口一番、有無を言わさぬ迫力で告げられた、年頃の娘の父親のような台詞に、恐る恐る電話に出た野分は息を飲んだ。
だが、ここで頷くわけにはいかない。野分は携帯を握る手に力を込め、震えそうになる声を抑えて叫んだ。
「しかし、霧原くんにはすごい才能がっ!」
「とにかく、日和には金輪際近づかんでくれ!」
取りつく島もない。
「待ってくださいお父さん! 僕は決して不純な動機で息子さんに近付いたのでは……っ」
「ええい、うるさいっ! この馬の骨がっ!」
「どういう会話だよ」
激昂する雁部を眺めながら大西が呟く。
とても面識のない高校一年生同士の間で交わされる内容ではない。
「もしもし、かい?」
何を言っても聞く耳を持たない雁部に、説得は難しいと判断した野分は日和に携帯を返した。
かわいい娘、もとい幼なじみの声に、雁部は荒らげていた声を抑えて静かに告げる。
「日和。とにかく部活は辞めろ。父さんは許さんぞ」
いつ、父になったんだよ。
大西は心の中で突っ込んだ。
だが、当の日和は雁部の父親発言には特に引っ掛かりを覚えないらしく、あっさりスルーされる。
「かい……オレ、アホだからさ。昔から、かいには迷惑かけてばっかだっただろ」
日和は苦笑いを浮かべて静かにそう言った。
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