第3話 大海原高校の憂鬱⑸
「オレに付き合ってくれるのは、かいだけだった」
それを聞いて、雁部は口を噤んだ。
「他の奴はみんな見放したオレを、かいだけは見放さないでいてくれた」
日和の言葉に、雁部の胸に幼い頃の思い出が甦る。
初めて出会った日。公園で遊んでいる子供達の中に鍋の蓋を被っている子がいて、不思議に思って尋ねてみたのだ。
「なんでお鍋の蓋、被ってるの?」と。
その子は「帽子と間違えちゃった」と答えた。
それが日和だった。
自分のことを「ひよ」と呼び、周りからも「ひよちゃん」と呼ばれていたので、それがあだ名だと思っていたら、ただ単に自分の名前の三文字目を覚えていないだけだと後に知った。
水と金魚を入れたビニール袋を公園の池に浮かべているのを見かけて何をしているのか尋ねると、にこやかに「散歩」と答える子供だった。
そんな日和を周りはみんな馬鹿にしたが、雁部は日和のその自由奔放な考え方が好きだった。次に何をやらかすのかハラハラさせられはしたが、日和はどんなにアホな行動をしても他人に迷惑をかけたと思ったらちゃんと謝ることが出来た。
普段、日和を馬鹿にしている奴の中には、悪意を持って他人に迷惑をかける奴や、自分のやったことを棚に上げて絶対に謝ろうとしない奴もいた。そんな連中よりも、日和の方がよっぽど立派だと思った。
だから、雁部にとって日和はずっと一番の親友だった。
その日和が言う。
「初めてなんだ。かい以外で、オレに期待してくれた人は」
「日和……」
ずっと傍でその突拍子の無い言動を見守ってきた。その幼なじみが、自分の手を離れて新たな一歩を踏み出そうとしている。雁部はそれを感じ取った。
「だから、オレ、頑張ってやってみるよ。ルール覚えられるかわかんないけど……」
「日和……大きくなったな……」
「同い年だろ」
噛みしめるように携帯に向かって呟く雁部に、大西が突っ込む。
二言三言、言葉を交わしてから通話を終了した雁部は、まぶしそうに遠くをみつめてこう言った。
「先輩……子供って、気付かないうちに巣立っちゃうもんなんですね……娘を嫁に出した気分です」
「雁部、お前は幼なじみをアホ呼ばわりしているが……お前も大概だ」
大西は正直な感想を口にした。
「お父さんの許しも得たことだし、頑張るぞ〜!」
無事に交際許可ならぬ入部許可を得て、野分はあと六人!と決意を新たにしたのだった。
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